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2009年1月

団長の思い 気分は前川 清

昨日の役員会報告はいくつかの記事に分けて掲載します。

市民ミュージカル『巨峰物語』の後援を正式に決定しました。2月の通信で全団員への協力をお願いします。今後実行委員会へは、宮崎団長と中野事務局長が団を代表して参加します。

それから緑の応援団は、田主丸エリアのまちづくり団体連絡協議会の事務局団体を受託したのですが、役員会で承認されました。またその協議会の名称は、緑の応援団に一任されていましたが、昨夜決定しましたので他団体にも提起します。

もえもん モエモン です。

筑後弁では、もえもんは共同所有というか分割所有というか、あるものを仲良く分かち合う意味です。みんなの物やみんなの物にするということでしょうか。

スンバラシイ田主丸をすべての田主丸人でもえもんにする、ということであります。また、燃える者、萌える者にも通じています。もえもん 皆様よろしくお願いします。酒の一滴も飲まずに宮崎団長の脳内で発生した言葉です。

さて、一次会があって、一次会があれば二次会となって、午前一時会となるわけです。団長がストーンズではなく前川 清を歌っていました。小さなテーブル越しには22歳の可愛い女性がいました。大変お気に入りのご様子で、団長の気分は最高、ご機嫌でした。

ほぼ独占状態で、残念ながら事務局長やわたしのもえもんとはなりませんでした。

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本日は役員会であります

平和な会合でありますように。

でもチョット一杯ぐらいは。

本日は審議事項がやたら多いのです。緑の応援団は、一見宮崎団長の号令一家突撃するイメージがあるかもしれませんが、すべて役員会への報告承認システムが機能しています。

決定すれば達成するために全力投球しますが。

明日の報告をお楽しみにまたアクセスお願いします。

行ってきます。

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ミュージカル巨峰物語の実行委員会

27日の夜8時から拡大実行委員会が開かれました。わたしは緑の応援団ではなく、すでに支援を決めている水澄しの会の会長の代理として出席しました。

巨峰開植も苦闘の連続の結果ようやく結実したのですが、ミュージカルの実行委員会は残りの日数から言って、大変な状況になっています。

お芝居そのものの進捗というか、劇としての完成度なんかはわからないのですが、チケット販売や当日の興行体制はすこぶる心細いんじゃないかと心配しました。

ぶどう栽培農家の圧倒的協力なくして成功はおぼつかないと思います。わたしたちまちづくり団体も、田主丸のにぎやかさのためにできる範囲で協力できないものかと考えています。

わたしなんかイメージ的には、田主丸エリアから大勢の方が出演されるのかと期待していましたが、そうでもないようです。

まあいろいろ批判もあるようですが、実践的に協働作業をしながら自らの団体にも何かが得られるかもしれないし、そんなに難しく考えないで応援すると。そんなスタンスでよろしいんじゃないでしょうか。

2月上旬にはそよ風ホールでも正式にチケットの販売が始まるようです。チケットが格安ですので売れ始めたら、案外売り切れ早いかもしれません。

問い合わせ先は、そよ風ホールが便利でしょう。0943-74-4000

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林副団長のこと

3年前の今日林副団長の突然の訃報を耳にしました。

一月後友人仲間がふるさと会館(JR田主丸駅)に集い「林 和人さんをしのぶ会」を催しました。盛会でした。

宮崎団長が、涙をぬぐいながらのお別れの言葉や全員で合唱した「千の風になって」をいまでも思い出します。

緑の応援団結成以来役員としてまた3度の沙漠植樹など、わたしたちにとってかけがえのない人でした。

林副団長の命日にあたり、そのしのぶ会のリーフレット内のわたしが書いた思い出を掲載します。

はやしさーーん。まだ誰もそっちに行かないからね。ずっとずっと待たなくちゃならないよ。

不良老人になっても仲間でいようよ そう約束したじゃないか

ようやくわたしの気持ちも整理できてきた。偲ぶ会の準備作業をすすめるなか、ああ林さん死んじゃったんだな、と少しずつ納得し始めた。

長いのか短いのか林さんとのつきあいは12年になった。実は、一番記憶に残っている思い出というのがすぐに思い浮かばない。どの場面、どのひと時も笑いころげて楽しいばかりでいわば最高の状態の連続で、それぞれにランクなどつけられないからだ。

それに、こんな感じのままでおたがい年を積み重ねていって、振り返るよりもこれから先一緒に何ができるんだろう、何を発見するだろうか、とわたしたちの前にはひろがる未来があり、突然終止符が打たれるなんて少しも考えていなかった。

それでも林さんの訃報を耳にしてしばらくして、思い出が脈絡もなく仕事中や現場に向かう車内で浮かんできた。

石橋と3人で水車を鳥取までトラックで運んだのは珍道中だった。レストランで3人とも生ビールを飲み以後名にし負う高速国道9号は飲酒運転だった。

宮崎県綾町

の照葉樹林探検は、通行不能で長々徒歩行脚だった。

昨秋の川辺川探検の食事はうまかった。今年のまちづくり団体新年会もシェフ林だった。

わたしは以前水澄しの会報で林さんをこう評した。

「町内の不思議オジサン 林 和人。さまざまな活動に取り組んでいる。誰かにほめられるでもなく、名誉心や虚勢を張ることにははるかに遠く、オジサンは淡々とそうしたほうがいいだろうなぐらいの気持ちで、そしてそのうち田主丸も少しはよくなるだろうな、なんて感じで黙々と作業するのである。中国で木を植えるのも、くじらの森で草取りするのも、カヌーに子どもたちを乗せるのも、同じスタンスでにこにこしながら、さあがんばろうなのだ。」

わたしには日々の生活があり、幼子二人と妻と精一杯生きる義務がある。林さんの思い出もゆっくりと引出しの片隅にそっと置くことになるだろう。でも時々あなたのことを仲間とにぎやかに語ることは約束する。あなたとわたしたちの友情は、大切な宝物だったんだ。

だから引出しにちゃんとちゃんと置いてあることを仲間と確かめる。

不良老人になるまで仲間じゃないか、その約束を破った林さんをとがめたい気持ちも少しあるが、いまはただ、楽しかったよ、泣かせてくれたよ、ありがとう。

さようなら 林さん。                  

水澄しの会  刈茅 貴俊

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GoogleどんYahoo!どん やっとこさのお出まし

ブログを本格的に再開しまして約一月。代表的な検索エンジンにようやく引っかかるようになりました。とは言っても、旧HPの方が上位にランクされるんですが。

福岡県のまちづくり団体の紹介HPには、このHPのアドレスを記載していただくようお願いしていますが、一か月以上たっても放置状態であります。不思議な現象です。打ち込み直しの手間など大したものではないと思いますが。

それでいてイベントなどには出てきなさいと仰せがあるのですが。

皆様にはコメント欄への書き込みや田主丸 現在・過去・未来 交流掲示板への投稿をお寄せいただきますようお願いいたします。

わたしたちも可能な限り返信します。

田主丸のにぎやかづくりへのご参加をお待ちしています。

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ミュージカル『巨峰物語』

手作りカヌー工房楽生(タノシマル)水澄しの会は、支援することを決定しました。

どういうことをするのか具体的には決まっていませんが、チケット販売や当日の兵隊さんだと思います。

緑の応援団は、週末の役員会で対応を協議します。結果はこのHPや通信でお知らせします。

ミュージカル『巨峰物語』の案内はコチラです。

お詫びと訂正

先日の記事でみのう芸術の里づくり実行委員会から要請を受けたと書きましたが、団体名は市民ミュージカル巨峰物語実行委員会の誤りでした。関係団体の皆様に誤解を与えたことをお詫びし、訂正いたします。

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大地を踏み固め、五穀豊穣を祈る

大相撲 めったに見ることはアリマセン。それは歌舞伎や能舞台、神楽といったこの国の伝統芸能をあまり見ることはないという趣旨とおなじ意味なんですが。

しかし昨夕の朝青龍と白鵬の一戦は見ました。

わたしたちの植樹現地は内モンゴル自治区、横綱たちの出身地はモンゴル共和国、国名は違いますがモンゴルの地であります。

武器を何一つまとわず己の身体のみを闘争の手段と化してぶつかり合う相撲は神事です。塩をまき、戦いの場を清め、四股を踏み地の神と天の神に拍を打ちながら、その二人から招来する激しいエネルギーは、一切の邪悪と災いを駆逐し、五穀豊穣を祈念します。

モンゴルの地から出現した横綱二人がこの国の繁栄を願うその儀式に、わたしはしみじみとしたものを感じました。

朝青龍や外国人力士の振る舞いに何かと批判があるようですが、邪悪と災いを一掃する力士(ちからびと)は、なによりも力強さが求められると思います。

相撲は神事であり伝統芸能であり興業である。八百万(ヤオヨロズ)の神々に愛でられることが第一であります。

八百長 相撲にはないでしょう。それってスポーツやギャンブルに関連する言葉でしょう。わたしたちは儀式演じ物を見物しているのですから、スポーツやギャンブル用語を持ち出すなんて野暮の一語に尽きます。

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2009年第1回役員会を開催します

先日のまちづくり新年会(団長・福留・野村・刈茅参加)でみのう芸術の里づくり実行委員会から協力要請がありました。

また、本年の団のスケジュールなど協議すべきことがあります。

ご参集お願いします。

議題

・まちづくり団体連絡協議会事務局受託の件

・ミュージカル『巨峰物語』への対応の件

・財政報告

・ニュースペーパー発行の件

・NPO法人化の進捗状況

・補助金確保の対策        その他

 1月30日 金曜日 午後6時30分

 田主丸総合支所西別館 勤労協Box

『巨峰物語』の案内はこちらにあります。

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わたしたちの原点

われわれがそれについて話している文明は、われわれ世代のみの所有ではない。

われわれはその所有者ではなくて、単に保管者なのである。

それはわれわれより無限に大きく、重要ななにものかである。

それは全体であり、われわれは単なる部分である。

われわれがそれを達成したのではなく、ほかの者たちが達成したのだ。

・・・・・・・・われわれはそれを受け継いだのだ。

・・・・・・・・しかも、次のような暗黙の義務とともにあたえられたのだ。

それを慈しみ、よく保ち、発展させ、望むべくは改良して、あるいはすくなくとも壊さず、

そのままに、われわれの後にくるべき者らに渡せという、そのような暗黙の義務とともに。

十年以上前でしょうかこの文章に出会ったとき、ここに完全がある、この言葉でこれからのぼくの田主丸で歳をとることの意味がある。そう感じました。

カヌー工房水澄しの会の事務局の一員だったのですが、田主丸のすばらしさへの思いはさまざまにありながら、ひとつのまとまった言葉の連なりとして定着していなかったのです。

上の文章は、アメリカの外交官政治学者ジョージ・ケナンのものです。核時代に国益を超えた普遍的人類の価値を提唱した一説です。

しかし、文明を自然や環境、そう田主丸のすばらしさに置き換えて読み解く、ぼくの出発点はそこにありました。田主丸のすばらしさを

慈しみ、よく保ち、発展させ、望むべくは改良して、あるいはすくなくとも壊さず、

そのままに、われわれの後にくるべき者らに渡せという、そのような暗黙の義務とともに。

火曜日の夜30年ぶりぐらいに出会った高校大学の先輩たちと文化街で痛飲しました。村田先生を歌ってしまいました。同年のK君が吉田拓郎の「イメージの詩」を歌いました。カラオケで聞くのは初めてでした。最後は全員で歌いました。

古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう

なぜなら古い船も新しい船のように新しい海に出る

古い水夫は知っているのさ 新しい海のこわさを

わたしたちも古い水夫にならないよう

われわれの後にくるべき者

若い人たちと常に交流していかねばならないのです。

昨日その先輩からメールが来ました。二日酔いのこと。「ダメージの詩」でした。

浜田省吾が歌っています。これもナカナカイイ。

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ミュージカル『巨峰物語』

まだ決定していませんが、応援することになると思います。

役員会がまにあわなければ、団長副団長事務局の事務局会議で判断し、後日役員会の承認を求めることになるでしょう。

団長が先日のまちづくり新年会で支援する意向があると表明されましたので、議題とし検討します。

詳細はまだよくわかりません。どのような応援が可能なのかも現時点ではわからないのですが、水と緑や環境問題など共有できる観点があれば、協働作業をすすめる、これは本年の活動方針と合致していると思います。

とりあえずネタ本の紹介です。「巨峰物語

それから西日本新聞の記事。

みのう芸術の里づくり実行委 巨峰栽培の苦楽 ミュージカルに 市民劇団結成へ ~来年3月の上演目ざす~

 昨年、巨峰栽培開始50周年を迎えた久留米市田主丸町の「みのう芸術の里づくり実行委員会」(高山賢治委員長)が、市民劇団を結成し、ミュージカル「巨峰物語」を上演する計画を進めている。来年3月の上演に向け出演者やボランティアスタッフを募集している。

 「同町が巨峰栽培発祥の地であり、有数の産地となるまでに多くの苦労と努力があったことを知ってほしい」と演劇による芸術の里づくりを目ざす同実行委が企画した。

 脚本は、栽培50年の歴史をまとめ、昨年刊行された記念誌「巨峰物語」をベースにする。栽培の苦労や台風など自然災害との闘い、マイカー普及による観光ブームの到来など、半世紀を涙あり笑いありの物語にする。演出は久留米市の劇団バクが担当。「プロ、アマ一体で楽しく舞台を盛り上げたい」としている。11月から練習に入り、来年3月14、15日にそよ風ホール(同町田主丸)で公演予定。

 問い合わせは同制作委員会(劇団バク)=0942(40)7311。


=2008/10/10付 西日本新聞朝刊=

実行委員会のスケジュールとか安全祈願祭はここにあります。

表示を変えてご覧になってください。

「kyohoumonogatarikakudaijikkou.rtf」をダウンロード

「kyohoumonogataritua-.rtf」をダウンロード

Tirasikyohoumonogatari_3

巨峰開植50周年記念ビデオだそうです。

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このHPから田主丸情報を発信します

先週の土曜日田主丸のまちづくり団体の新年会はにぎやかに無事?終了しました。

宮崎団長が、今年は団体相互の協働の年として発展させよう。情報の交換から情報の共有へ、それぞれのイベントをお互い助け合いながら成功させようと、格調高いしかしやや長すぎる提案しました。

偉い。偉い。ウチの団長は貫目がある。さすが右肩上がりバブリーの緑の応援団の組長だ。

この提案は大きな拍手で迎えられました。というわけでまだ正式な名称はありませんが、緑の応援団が田主丸まちづくり団体連絡協議会(タマ連)の事務局をすることになりました。

今後は当団のことはもちろんですが、田主丸でいまイケテルことをこのHPから情報提供いたします。

イベント情報はこのブログに掲載しますが、詳細な紹介は『田主丸 現在・過去・未来 交流掲示板』に置きますので、あわせてご覧になるようお願いいたします

今年のホストをつとめられた「浮羽子ども劇場」の皆様、お疲れさまでございました。お鍋もオードブルもおいしゅうございました。これまでの中で最高の料理でありました。

来年は「ミノウミュージックギルド」が当番です。よろしくお願いします。

うきは子ども劇場の1月例会イベントはこちらです。では、新年会の模様です。

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日本人の達成感 秀逸なCM

わたしたち日本人は万歳が好きであります。

なんなんでしょう。やり遂げたことを発声と動作で共有するためでしょうか。

田主丸は筑後流の打ち込みをやるのですが、実は本当の文言がわからないまま、わたし唱えているのです。

祝いましょ    (ここでパンと一打ち)  これは正しいようです。

もうひとせ      (さらに一打ち)      もうひとっせ もあるようです。

さて問題の最後の発声。はあ 長らく筑後人をやりながらも確定できません。

祝うて三言   さあてどれなのか。わたしは祝うて三交といいますね。

祝うて三交   どれも似ているんですよ。

祝うて三合  これはあとからできたような気がします。

両手三言    獅子追いではこの言葉らしい。

最近は祝うて三合、酒の席の締めにやることが多いからでしょうか、このパターンが多いような気がします。

わたし郷土会のメンバーでもあるんですが、大先輩たちにレクチャーをしっかり受けてみようと考えています。ご存知の方はぜひコメント欄にでも書き込みお願いいたします。

トミー・リー・ジョーンズが最後に万歳するシーン、そうだな、俺たちとうなずいてしまいました。

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This is 沙漠ツアー ダイ! その④ オッ!ぼくの名が石に

本日から字を大きくします。

ポプラを沙漠に植樹する大まかなところは理解されましたか。わたしたち九州田主丸隊の旅費には、日本沙漠緑化実践協会への協力金が含まれています。現地の拠点運営費やスッタフへの賃金に充当されています。昨年の現地報告がここにあります。

成人一人あたり2万円、大きな出費です。でもわたしたちが現地を去ったあとも、スタッフの手により潅水が続けられています。このフォローがないとポプラの活着が困難となります。必要な経費なんです。

それから最近は、隊員の名前を石に刻んだモニュメントが作られているようです。毎回刻んでいただけるようで、わたしでしたら3か所あることになるのでしょう。

恩格貝を離れてパオトウフフホトから北京に戻ります。一日だけ観光があります。万里の長城や故旧博物館へ行きます。行くたびに はあ なんちゅう国なんやろ と思いました。

パオトウで宿泊したときのことです。わたしとF副団長は市内中心部の人民広場へタクシーで向かいました。ダイハツのシャレードでした。

テントが並ぶお祭り広場のようなところでビリヤードをしました。屋台があってシシカバブーでビールを飲みました。現地の人(モンゴル族?)に英語で話しかけましたが通じません。筆談となり、渡された紙には、何拠族とありました。

うーん。われわれは中国内のナントカ民族と思われていたようです。楽しい思い出であります。

それやこれやで来た道をたどり、北京から大連経由で福岡に帰ることになります。お疲れさまでありました。

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1997年参加者の名前があります。

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日本語でいちばん美しい『だから』

沙漠ツアーはお休みです。

夏目漱石『坊っちゃん』の最終章です。坊っちゃんは辞表を郵送し、松山を後にします。

清の事を話すのを忘れていた。―おれが東京へ着いて下宿へも行かず、革鞄を提げたまま、清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙をぽたぽたと落とした。おれもあまり嬉しかったから、もう田舎へは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った。

その後ある人の周旋で街鉄の技手になった。月給は二十五円で、家賃は六円だ。清は玄関付の家でなくなっても至極満足の様子であったが気の毒な事に今年の二月肺炎に罹って死んでしまった。死ぬ前日おれを呼んで坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ埋めてください。お墓の中で坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと云った。

そして次の一文で物語りは完結します。

だから清の墓は小日向の養源寺にある。

作家の井上ひさしさんがこの『だから』を日本語でいちばん美しい「だから」の用例だと話されています。

幼い頃から坊っちゃんの面倒をみてくれた老いた家政婦さんの清(キヨ)、その彼女への坊っちゃんのかぎりない優しさ愛情がこのだからに込められている、そう理由を説明されています。

なるほど。ただの接続詞の一語がかがやいています。日本語はすばらしい。ああ 日本に生まれてよかった ワイ。

カミサン・・・・・・・・・ちょっとォォォ、今日も出て行くと、酒飲みね。

わたし ・・・・・・・・・団長に呼ばれた。だから行かにゃんとたい。

このだからには、団長へのかぎりない忠誠心と酒飲みたい気持ちが込められている。

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This is 沙漠ツアー ダイ! その③ アイスビール

現地での植樹活動のおさらいです。

①スコップでひたすら80cm以上の深さの穴を掘る。

②ポプラの苗木を埋めたら砂を戻して踏み固める。

③ホースの連携プレイで水をタップリかける。

剪定や枝落としは田主丸のメンバーがやります。単純といえば単純な作業です。2008年は雨がぱらぱら来たようです。

本来ならば40℃近い気温の中での作業で体力は消耗しますから、休養しながら取り組みます。ただ、湿度が極端に低いので汗をかいてもシャツがまとわりつくこともありません。

ポプラの森で日光をさえぎれば、涼しげで快適です。

さて、今日は食事のことです。

植樹現地では昼食はレトルトカレーです。大塚食品が企業理念としてこの植樹活動を支援されていますので、それをありがたくちょうだいします。スイカだっけ、他に出てくるのは。

水はミネラルウォーターがあります。賓館の方からウーロン茶用意してくれるのかな。水はあんまり飲まずにうがいに使っていたような気がします。でですね、午後のセットが終わると猛烈な渇きにノタウチマワル人もいます。

ビールが飲みたい。

10年前売店には冷えたビールはありませんでした。凍ったビールはありました。アイスクリームなんか入れる、あれなんていうのか、ガラスの開閉ふた付の冷凍庫かな、コンビニにもありますよね。そこに凍ったビール瓶がありました。

5元 10元だったかな。わたしとFさんは、西日を瓶に当てながら溶けるのを待って、チュルチュル飲みました。

現在はどれだけでも冷えたビールを飲むことができます。

食事はわたしなんか郷に入ったら郷に従え、ウマイの一言に尽きるのですが、さすがに油油ですから、はら七分目ぐらいがよろしいようで。

Epsn0073    クリックして確認してください。

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This is 沙漠ツアー ダイ! その② 田主丸の男の活用法

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

三好達治の『雪』という2行詩です。小学校の教師は現在もこの詩を題材によく取り上げるそうです。

このたった2行で1時限分の授業が成り立つそうです。音読します。生徒にその読み方を聞きます。生徒に読ませます。

次にイメージを聞きます。どんな地域だろうか。太郎と次郎の関係は。家族は。仕事は。

そして絵を描かせます。最後にまた音読します。

田主丸も雪ふりつむ朝です。クブチ沙漠は氷点下20度ぐらい。凍結した大地に立つポプラにも雪ふりつむ朝でしょうか。

はい、現地宿舎で食事したあと、マイクロバスで植樹現地に向かいます。わたしが最初に行ったころは、賓館から近かったのですが、森の拡大につれある程度の時間がかかるようになりました。

あるときは砂地獄のような場所。掘っても掘ってもサラサラ砂が穴の中に流れ込みます。あるときは土漠。スコップを一撃一撃させながら掘り込みます。

現在の九州田主丸の森は、比較的作業しやすいようです。

穴の深さは80cmは必要です。この深さに到達することが活着率を大きく左右します。このファイトの加減が森になるかの分岐点です。

仮に二日間、午前午後で4セットのファイト。1セット10本強が目安になるでしょうか。80cmの穴は、最後は膝つきで掘ることになります。動きやすい作業着。それに田主丸の人間は地下タビを履きますね。

か弱き女性の方。スコップなんか扱ったことがないという方。心配御無用。

そのときは、汗をぬぐいながらややうつむき加減で、心細げに田主丸の男たちの方にまなざしを向けるのです。

「だいじょぶの。あて(ぼく・おれ・わたし)がほっちゃろたい」駆け寄って来ます。ホントです。

ええっとですね 声は小さくてもいいのですが、普段よりやや高めの声で、「ミヤザキサーン」 まちがいなく駆けつけます。

Epsn0069    これが植樹のスタイル。むさくるしいのですが当団の金庫番です。

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仲間じゃないか ふたりの誠

きょうは沙漠ツアーのこと書きません。方針はすぐ変わる。ええっとですね、われわれは臨機応変であります。

仲間じゃないか。大好きな言葉です。椎名 誠さんの口癖だったとか。わたしカヌーの団体にも参加しています。椎名さんは勝手に師匠筋でもあるのです。

緑の応援団の役員会は年に8回ぐらいあります。イベントにも参加しますし、そうですね、役員同士は結構な回数で顔を合わせることになります。これが楽しくてたまらない。いや、作業がしんどかったりとか、賛同金集めでクタクタになる、それでも楽しいのです。

年齢とか職種とかばらばらですが、わたしたちは仲間なんです。共同体幻想かもしれません。しょっちゅう酒飲みするから、それも楽しいんですが。

金銭がからまないからかもしれません。それほどの気づかいもしないでどうでもいいことを熱心に語るだけなのに。

たぶん たぶん、かけがえのない一人ひとりの人生がほんの少しだけ豊になったような気分になるから楽しいのかもしれません。

年末年始年越し派遣村のニュースが続きました。職を失い食事の確保さえままならぬひとびとへ、民間ボランティアが懸命の支援活動をおこなっていました。

その映像を見るたび、わたしの中にある種のもやもやしたものがあったのですが、言葉の連なりとして定着しませんでした。それがようやくつかめそうです。

ああ あのひとりひとりはわたしかもしれないし友人かもしれないしあなたかもしれない。

大半の人が家庭という最小の共同体を離れることを余儀なくされたり、いや共同体づくりさえできなかったかもしれない。

年越し派遣村も共同体の再生であったんだろうな。本当につらい日々。あの場に集ったひとびとは、仲間じゃないか、とおそらく久々にかけがえのない人生のほんの少しばかりの広がりを感じたのではないかな。

年越し派遣村を企画運営した団体の責任者のひとりが、湯浅 誠さん。

21世紀 この国にまばゆいばかりのリーダーが出現しました。

いえいえウチの親方 宮崎団長も なかなかどうして 立派なオジサンです。

いくつか若干の・・・・・・・があるけど。

・何かボランティアみたいなことに興味がある ・人から酒が強いなとよく言われる。

・肉体労働の後の生ビールが大好きだ。 ・年上年下の友人が欲しい。

・報酬なんかいらない。(実際でません) ・ひとりで飲むより大勢の酒がうまい。

・妻に外出する言い訳の会合があれば。 ・地球環境に役立ちたい。

ひとつでも該当することがあれば、あなたは緑の応援団の役員になれます。

P1000319     昨年のまちづくり新年会 仲間じゃないか 団長ケータイ中    

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This is 沙漠ツアー ダイ! その① 洗濯機は幸運なのだ

例年ですと7月初旬で募集を終了し、月末ぐらいに市役所田主丸総合支所で説明会をします。

さて出発当日。

田主丸エリアの隊員は飛行機の出発4時間前に田主丸総合支所玄関に集合します。それ以外の隊員は福岡空港の国際線ロビーJR九州カウンター付近に各自集合。

田主丸組は、緑の応援団のワゴン車で送迎いたします。

空港到着後さまざまな手続きを経て、大連へ向かいます。ここで国内便化し北京へ。福岡から約4時間ですかね。

天安門広場など見学し、夜行列車(寝台車)で内モンゴル自治区の首都フフホトかまたは現地に近いパオトウ市へ。車内の程度はいいですよ。わたしは常に酒飲み状態でしたが。フフホトで10時間以上、パオトウならばそれ以上の鉄道の旅です。

明るくなった車窓からは、ええっと記憶がややあいまいながら、高粱(コウリャン)畑とかとうもろこし畑、ちっとも木の生えていない山々の単調な風景が続きます。山の中腹に転々と白いものは羊の放牧です。

到着地がパオトウならば、石炭の臭いが出迎えます。一大鉄鋼産業団地です。

どちらからも恩格貝へはバスで黄河を渡り進みます。

畑が切れたら土漠状態の中の一本道をビュンビュン走ります。

パオトウからならば2時間ぐらいかな。そしてその日は沙漠ウォッチングです。

役員のYさんは沙漠で野グソを満喫しました。

旧賓館は設備がひどかった。ウンコをしようと思ったら便座がなかったので、便器に左右と尻を乗せながらだった。

お湯がまったく出なかった。そこでわたしは中国人用のスペースにあるシャワー室へ行ったらお湯が出た。

そのシャワー室に2槽式の洗濯機があった。他の隊員は手洗いだったようだが、わたしは洗濯機を使いまくった。でですね。その中国人用のシャワー室は、男女の区別がなかった。わたしが脱水槽を回しているとき、22,3歳ぐらいの女性が入ってきて、4メートル先ぐらいで脱ぎ始めたんですな。ワー、ワーどうしよう。女の子が騒いだりしたら、俺覗き行為で逮捕されるのかな。

いや堂々としたものです。わたしのことなんか気にも留めていない。さすがに背中向けているけど。

いやこれは俺だって名にし負う九州男児。堂々と受けてたとう。というわけで贅肉のない美しい後姿をしっかり目に焼き付けたかなあ。

宿泊が新賓館に移ってからはこういうスンバラシイ出来事には遭遇しなくなりました。本当にポヨであります。

明日からは植樹の説明になります。

Img156       初めて行ったとき天安門事件の戦車のキャタピラ跡がないか捜しました。アリマセンでした。

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当ブログへのアクセスありがとうございます

まだこのブログは検索エンジンにかかりませんが、旧HPを復活させたことでそこから経由でココへおいでいただくようになりました。

これからもたびたびお出でいただくようお願いいたします。

さて、明日以降沙漠での植樹活動ツアーをご説明したいと考えます。

昨年は北京オリンピックの関係で上海が出入国のベースとなりましたが、本年は従来のパターンに戻ると思います。

北京からパオトウまでの夜行列車の復活です。わたしは三度参加しているのですが、暮れなずむ夏の北京、そしてその近くの万里の長城が印象に残っています。

夜が明け、鉄道の沿線の風景にじんわり北京も中国このあたりも中国だなあ、ハンパじゃない国だと思いました。

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まちづくり新年会のことなど

田主丸エリアにはさまざまなまちづくり団体が存在します。それらが一堂に会して、交流する新年会が1月17日にあります。その団体をご紹介します。順不同です。

浮羽子ども劇場 今年のホスト

山苞(やまづと)の会

田主丸勤労者協議会

田主丸の明日を作る会(田主丸中央商店連盟

保太流の会

ミノウミュージックギルド

九千坊本山田主丸河童族

耳納塾 ヒナモロコ里親の会

手作りカヌー工房楽生水澄しの会(タノシマルミズスマシ)

田主丸町緑の応援団

今後はこれらの団体のイベントも紹介していきます。

リンクがついている団体の記事などご覧になってください。

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ご挨拶   団長 宮崎吉裕

謹賀新年

輝かしい新年とはとても言えない経済状況の中で年が明けました。私たちの沙漠緑化の活動は、今年も淡々と進めて参ります。クブチ沙漠の緑化は、100年・200年の計です。ある意味夢のような取り組みです。

私たちが生きていく上で夢を持つことは大変大事なことです。夢のない生活(人生)は味気ないものです。夢を持てない理由のひとつに夢が夢のままで終わってしまうことを、多くの人が知っているからではないでしょうか。

私たち緑の応援団の沙漠緑化という夢は、確実に実現できる夢です。800本植樹すれば800本夢に近付きます。私たちがあきらめない限り、着実に夢に近付くことを確認できる活動です。

「夢のような話」 あなたも一緒に歩いてくれることを希望します。

今年も転がり続けるのであります。(事務局2)

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謹賀新年

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本年もよろしくお願いいたします。

美しき青い地球。

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