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林副団長のこと

3年前の今日林副団長の突然の訃報を耳にしました。

一月後友人仲間がふるさと会館(JR田主丸駅)に集い「林 和人さんをしのぶ会」を催しました。盛会でした。

宮崎団長が、涙をぬぐいながらのお別れの言葉や全員で合唱した「千の風になって」をいまでも思い出します。

緑の応援団結成以来役員としてまた3度の沙漠植樹など、わたしたちにとってかけがえのない人でした。

林副団長の命日にあたり、そのしのぶ会のリーフレット内のわたしが書いた思い出を掲載します。

はやしさーーん。まだ誰もそっちに行かないからね。ずっとずっと待たなくちゃならないよ。

不良老人になっても仲間でいようよ そう約束したじゃないか

ようやくわたしの気持ちも整理できてきた。偲ぶ会の準備作業をすすめるなか、ああ林さん死んじゃったんだな、と少しずつ納得し始めた。

長いのか短いのか林さんとのつきあいは12年になった。実は、一番記憶に残っている思い出というのがすぐに思い浮かばない。どの場面、どのひと時も笑いころげて楽しいばかりでいわば最高の状態の連続で、それぞれにランクなどつけられないからだ。

それに、こんな感じのままでおたがい年を積み重ねていって、振り返るよりもこれから先一緒に何ができるんだろう、何を発見するだろうか、とわたしたちの前にはひろがる未来があり、突然終止符が打たれるなんて少しも考えていなかった。

それでも林さんの訃報を耳にしてしばらくして、思い出が脈絡もなく仕事中や現場に向かう車内で浮かんできた。

石橋と3人で水車を鳥取までトラックで運んだのは珍道中だった。レストランで3人とも生ビールを飲み以後名にし負う高速国道9号は飲酒運転だった。

宮崎県綾町

の照葉樹林探検は、通行不能で長々徒歩行脚だった。

昨秋の川辺川探検の食事はうまかった。今年のまちづくり団体新年会もシェフ林だった。

わたしは以前水澄しの会報で林さんをこう評した。

「町内の不思議オジサン 林 和人。さまざまな活動に取り組んでいる。誰かにほめられるでもなく、名誉心や虚勢を張ることにははるかに遠く、オジサンは淡々とそうしたほうがいいだろうなぐらいの気持ちで、そしてそのうち田主丸も少しはよくなるだろうな、なんて感じで黙々と作業するのである。中国で木を植えるのも、くじらの森で草取りするのも、カヌーに子どもたちを乗せるのも、同じスタンスでにこにこしながら、さあがんばろうなのだ。」

わたしには日々の生活があり、幼子二人と妻と精一杯生きる義務がある。林さんの思い出もゆっくりと引出しの片隅にそっと置くことになるだろう。でも時々あなたのことを仲間とにぎやかに語ることは約束する。あなたとわたしたちの友情は、大切な宝物だったんだ。

だから引出しにちゃんとちゃんと置いてあることを仲間と確かめる。

不良老人になるまで仲間じゃないか、その約束を破った林さんをとがめたい気持ちも少しあるが、いまはただ、楽しかったよ、泣かせてくれたよ、ありがとう。

さようなら 林さん。                  

水澄しの会  刈茅 貴俊

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