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2009年9月

理事会か事務局会議を開催します

どうなるかは事務局長の判断です。日時場所 未定です。

・式典の総括 会計処理 礼状の発送など

・11月を中心とした秋のイベント打ち合わせ

が、議題となります。その他、ある団体との協議中のことにつきまして経過を報告します。

10月は、浮羽ロータリークラブの例会にも呼ばれています。いろいろご説明してくることになります。

さて、緑の応援団通信を発送しようと思います。
大きなイベントとしては、「来て見てん山苞の道」と「耳納の市」があります。いずれも田主丸を代表する大イベントです。

田主丸の秋のすばらしさをご覧になっていただきたいと思います。

特に今年は、山苞の道を緑の応援団として具体的に支援することになりました。大塚古墳歴史公園の本部に理事がお手伝いとして参加します。

コンサートも開かれますのでぜひおいでください。

いい映画でしたね。エンディングです 名曲までどうぞ。

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式典報告

ご来賓(行政関係やサポート企業団体の皆様)が18人、もえもん(田主丸まちづくり団体協議会)から15人、団員が保護者を含めて40人強、合計約80人ほどの大変な盛会となりました。

式典は少し硬くなりすぎたようです。

団長が延々としゃべりましたので、その時点で事務局の進行表は吹っ飛びました。ああ 45分程度の予定が ハイ 2倍になりました。

一部の式典でご発言いただいたのは、
出利葉県議 楢原副市長 倉富山苞の会会長
田主丸中学校生徒&校長先生
山口日本沙漠緑化実践協会常任理事
小野田主丸町植木農業協同組合組合長

二部の懇親会では、さあ 20人ぐらいスピーチがあったのではないでしょうか。

こちらも大変盛り上がりました。万歳やったのは9時ごろではなかったでしょうか。

ご来場の皆様 本当にありがとうございました。
これからもNPO法人田主丸町緑の応援団をよろしくお願いします。

個人的には、企画したものが無事終了してほっとしています。
若い理事たちもひととおりワカッタと思いますので、わたしが今後このようなものを担当することはないでしょう。

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式典 無事終了しました

来場誠にありがとうございました。
ああ、懇親会終了後焼き鳥屋さんへ、そして更に。深酒飲吉でした。

詳細は後日掲載しますが、大幅に時間が超過した一部の式典。

こういう事務局泣かせのやりっぱなしには、わたしは二度とおつきあいしないと団長に申し上げました。

さて、中学生がうまかったですね。いや上手下手ではなく、そのまま内部から出てくる発言がすばらしかった。

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本日はよろしくお願いします

理事一同は午後1時からばたばたやります。
飾りつけとか、会場設営とか、なんやらかんやらそんな具合です。

皆様からのお問い合わせは、本日戦闘指揮を取ります事務局2のカルカヤへお願いします。
団長も事務局長もそれぞれ大変でありますので、ワタクシメが即断即決します。

なお、お時間にゆとりのある方は若干お早めにご参集ください。リーフレット・パネル・DVDを用意していますのでおくつろぎいただけると思います。

ああ 今年はこれが見たかった。いや まだ可能性はある。
斉藤・新垣・和田抜きで、川崎と本多がイマイチで松田と田村が負傷してもこの位置。
ぶっちぎりの潜在能力はあるのだけれど。

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大切なご案内 緑の応援団通信

この内容で通信を発送します。通信には団長や事務局の携帯電話番号があります。

この通信がNPO法人田主丸町緑の応援団としての最初の通信となります。
天候不順の夏と呼んでいいのでしょうか。思わぬ豪雨災害が各地に派生しました。地球環境は、今後どのような方向に向かうのか心配もしております。
さて、この通信が皆様に届く頃、わたしはクブチ沙漠で元気よく植樹活動をしていると思います。今年もサポーターの企業団体個人の皆様のご支援により、中学生6人を帯同しながら、第14次九州田主丸隊は総勢18人で植樹活動をします。
団からはわたし、秋山理事、久野事務局員が参加します。本年は北京が入出国のベースとなる本来の日程に戻りました。夜行列車に揺られながら親睦をあたためつつ、現地では無理をしない、しかしできる限りのことを精一杯果たしてくるつもりです。
この秋は、第14次隊の報告会とあわせてNPO法人田主丸町緑の応援団設立のお披露目会を予定しています。これまで当団に参加された方全員と今日の緑の応援団、また今後のあり方など率直に意見交換できたらと思います。
何かとご多忙とは存じますが、皆様のご参加を心からお願い申し上げます。
代表理事団長 宮崎 吉裕

・事務局から
通信の発送回数を増やすことが総会で確認されました。ただし、新しい情報はネット環境にある方はホームページで入手いただくようお願いします。「田主丸町緑の応援団」で検索してください。URLはhttp://midorinoouendan.cocolog-nifty.com/blog/です。

1.第14次隊報告会兼懇親会 駐福岡中華人民共和国総領事館との交流会でもあります 終了しました。 
・日  時   2009年9月5日(土
・場  所   久留米市田主丸町森部「田中農園」 
・集合場所   久留米市田主丸総合支所 駐車場 午前11:00(時間厳守)
・負担金   大人2,000円・中学生1,000円(別途ぶどう狩りは自費)
今回の隊員以外の方も参加できます。バーベキューの食事つきです。ただし、14次隊以外の方で参加される方は事務局までご連絡ください。

2.NPO法人田主丸町緑の応援団設立記念レセプション
・日  時   2009年9月26日(土)
・場  所   久留米市田主丸町豊城「JAグリーンパレス」
・時  間   16:30開場 17:00 開式 17:40 懇親会
・負担金   大人2,000円・中学生1,000円 懇親会参加の方のみ負担
緑の応援団の設立からの経緯を記したリーフレット、パネル展示、映像など準備しています。皆様のご参加をお待ちしています。

JAグリーンパレスの地図です

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カダフィ大佐 うーん

アクセス数がいつもより多くおかしいとは思いました。式典を明日に控えているとはいえ、不思議な現象でした。

解析してみますと、カダフィ大佐(リビア国革命指導者)の画像をグーグルで検索した方がこのブログを訪れています。

カダフィ大佐が国連総会に現われ、トンデモ長時間の演説をしたことがニュースになりました。それで検索されたのでしょうが。

次のアドレスをクリックしてください。

http://images.google.co.jp/images?sourceid=navclient&hl=ja&rlz=1T4GGLG_jaJP313JP313&q=%E3%82%AB%E3%83%80%E3%83%95%E3%82%A3%E5%A4%A7%E4%BD%90&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi

世界に冠たるグーグルでカダフィ大佐の画像を検索すると、なんということかトホホこのブログのエイプリルフールの記事の写真がでてきます。

「ウルトラセブン」のアンヌ隊員の画像です。

知識欲に燃えた方がカダフィ大佐を検索する。カダフィ大佐の絵がずらりと並んでいる中に、こう 綺麗なオネエサンがいる。
そこでついつい、クリックしてしまう。

うーん。沙漠でも環境でも山の作業でも川作りでもなく、アンヌ隊員とカダフィ大佐で検索結果の上位に君臨する。違うんだけどな。

ええっととりあえずそのエイプリルフールの記事です

ま なにはさてあれ 明日 お会いしましょう。

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あと二日

ありがとうございます。本当に多数のご来場が予定されているようです。80人を超える会となりそうで、ちょっとびっくりです。

あわててグリーンパレスに席数の増加とかお料理の追加とかおねがいしました。リーフレットの増し刷りが必要です。

受付は、開場時間の4時30分としていましたが早める予定です。リーフレットをご覧いただいたり、DVDを流しますのでお待ちの時間を過ごせるようにいたします。

会場の地図を再掲します。


大きな地図で見る

JR田主丸駅からだと徒歩20分はあり、タクシーでしょうか。
駐車場は広いのですが、お酒を出しますのでご注意お願いします。

遠来のお客様はぶどう狩りなど楽しまれるとよろしいかもしれません。
JR田主丸駅に案内所があります。

司会進行の中野事務局長の一世一代の晴れ舞台になるかもしれません。(未婚です)
わたしも他人行儀で楽しみにしています。

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間に合った

どうも事務局の苦闘の打ち明け話ばかりで恐縮であります。

田主丸流で締め切ったあともご来場の連絡がポツリポツリ。当日やむを得ず欠席される方があると思いますが、ああ 手元の集計では68人になったようであります。

最大の難関、リーフレットもパッチンパッチン綴じて、背中にテープを張ってやるぐらいになりました。昨日もそんなことをしていました。

60人で手配お願いしていたので、理事一同は粗酒粗肴にありつけんのかなあ、そんなこともチラリとよぎりました。

まあ、この程度の対応能力でイベントなどやるのは実に大変だなとしみじみ感じました。わたしももう最後でしょう、切り回すのは。

他人様が作った企画書をああでもないこうでもない、とチェックをかける方に回ることになるでしょう。

さて、鳩山首相が国際公約として演説しました。

「鳩山由紀夫首相は21日夜(日本時間22日午前)、就任後初の外国訪問先となる米ニューヨークに到着、22日の国連気候変動サミットの開会式で演説した。将来の地球温暖化対策の焦点である先進国の途上国支援策を「鳩山イニシアチブ」と名付けて世界に発信。米中などの削減努力を前提に「90年比で25%」という20年までの日本の温室効果ガスの削減目標を国際的に公約し、排出量取引導入を明言するなど国内対策を加速する姿勢を示した。」(朝日新聞)

そこに至る過程は大変きびしいでしょうが、この国のもつ技術を総力傾注して壮大な目標達成に向かう、方向性はいいのではないでしょうか。
その先には、技術立国の復権とビッグビジネスがありそうな予感がします。

日本人は一人当たりの年間のCO2の排出量は約10tだそうです。生長したポプラの木に換算すると、200本となります。
一回の植樹ツアーで大体一人当たり50本植えます。4回行けば、自分の分はチャラであります。

なんか奇妙な論理だとは思いますが、団長や久野さんはクリアしています。わたしもあと一回で、地球温暖化の温室効果ガスの個人責任達成であります。

田主丸人は、地球温暖化阻止産業に従事しているのであります。

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お客様

まだお名前を明らかにするのは控えておきますが、旧浮羽郡をエリアに活動されている団体からお二人おみえになりました。

緑の応援団の活動を紹介しました。タイアップ企画?が正式に動き出したら、またご報告いたします。

団体名に田主丸町を冠しているからでしょうか、たしかに旧吉井町旧浮羽町の現うきは市から参加される方は少ないですね。いや、わたしたちも合併後久留米市の方ばかりに目を向けすぎていたような気もします。

耳納のお山は旧浮羽三町そのものだし、ずっとずっとこの三町で何でもかんでもやってきたわけですから。うきは市の皆さんへも、わたしたちの活動を紹介するいい機会だと思います。

今後依頼されることがあったら精一杯協力していきたいと考えます。

式典の立派な横断幕ができあがりました。
書家の方に書き上げていただきました。すばらしい。わくというか形はほぼ完成しました。ホスト役の理事会一同が粗相をしないようにすることだけが、肝要です。

その書家の方と違い、わたしたちはおもてなしの芸が拙い。すごく一所懸命しかお見せするものがない。ありがとうございますの気持ちを伝えられるようにファイトします。

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どんどん美しくなっていく不思議

とりあえずクリックして聴きながら記事をお読みください。

昨日は定数不足で理事懇談会となりました。不都合なこともちゃんとちゃんと情報公開します。緑の応援団は。

式典の準備は順調です。あとは当日皆様をお迎えするにあたり、エエカゲンを脱却して、フォーマルにとどこおりなくやれるかどうかです。中野事務局長がすべての鍵を握っていると、むちゃくちゃにプレッシャーをかけましたが。

先日の記事で、プロジェクトⅩ風なことを書きました。

遠山先生もその番組に取り上げられました。わたしたちは、先生の遠大な構想にちょこっと乗りかかっているだけで、それほど苦労しているわけではありません。
先人・先駆者が作り上げたレールの上を気楽に歩いているに過ぎません。楽しいことのほうが大きい、まそんなものです。

ただし、小は小なりにいろいろあるわけです。外野で小うるさい人たちもいれば、どうもわたしたちの活動を快く思わない人たちもいました。しかし、ほぼその種の人は絶滅しましたが。

ごちゃごちゃと闘う気はあったんですが、まあ団の運営に差し支えてもしょうがないので、ほったらかしにしていました。その内、気にもしなくなりました。
団長以下とくにヒロイズムとかには無縁ですし、よさそうなことだから続けようと淡々としたものです。

さて、まあそれでも演出効果で中島みゆきの「地上の星/ヘッドライト・テールライト」をBGMに流そうかなと考えたのです。ご来場いただいた人々に、何気にやっぱけっこう大変だったんだな、と感じてもらうには団長が熱弁をふるうよりはるかに効果的であると、思ったからです。

You Tubeでいろいろ探すうちに気づいたのは、ありゃまあ、中島みゆきってこんなに美しい人だったのかな、そう思いました。
作った歌のすばらしさ、朗々と歌い上げるスタイル、そして内面から出てくる年齢を超越した感性、そうしたものが見事なパッケージとなって、いやあ美しいです。

57歳なんですね。↑これは紅白のときですが、50歳。

なことを考えていたせいか、昨日は歌っちゃいました。イチローと中島みゆきが重なって見えます。二人とも常人とは違う次元の天才ですが、強い意志の途切れない日々のメンテナンス、そんなものを感じます。

「地上の星/ヘッドライト・テールライト」CD手に入るかな。

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式典のリーフレットから

NPO法人田主丸町緑の応援団の歴史

年度        おもなできごと

1992年 H4年 故遠山正瑛先生が田主丸町で講演されたことを契機に、町としてできることはあるか、先遣調査に職員が一人派遣されました。
93年 H5年 さらに試行は続きます。職員と町民が一人ずつ行きました。
 94年 H6年 沙漠植樹を事業化すれば予算措置が必要との理由でしょうか、町議会から議員二人が参加されました。その一人が宮崎団長。
 95年 H7年 当時の右田町長の判断で、町民を公募し町費をもって沙漠に派遣し植樹する活動が始まりました。「緑の王国田主丸」が地球的環境問題に取り組む、夢の始まりです。関西の部隊に編入されてのツアーから独立し、独自に福岡空港から出発しました。なお、この年度を第1次九州田主丸隊としています。参加人数や植樹本数は、年度別実績表にあります。
 96年 H8年 10人丸ごと町費の太っ腹な派遣。植木屋さん苗木屋さんが含まれた隊は3084本植樹という大記録を達成しました。緑の応援団は正式に結成されていませんでしたが、田主丸町の沙漠植樹事業のサポート団体として活動し始めます。初代団長は、宮崎鈴代さん。その旦那が現団長です。法人化にあたり98年を設立年としました。
 97年~00年 町の事業は続きます。自治大臣から「世界に開かれた自治体」として表彰されます。緑の応援団も田主丸で桜並木の植栽や耳納のお山の手入れなどを始めました。
 01年 H13年 中学生7人をはじめ校長先生や自費参加も多く34人の大部隊となりました。
 02年~04年 町費の補助が打ち切られ無情にも全員自費となりました。
 05年 H17年 久留米市への合併に伴い、なんと緑の応援団が主催団体になりました。この年から賛同金を募り、中学生への旅費8割程度の補助事業を始めました。
 06年 H18年 国際ソロプチミスト久留米様から表彰されました。
 07年 H19年 浮羽ライオンズクラブ様から表彰されました。RKB毎日放送が同行取材。番組となり放映されました。この番組は再編集され、09年に科学技術映像祭で最高賞を受賞しました。
 08年 H20年 国際ソロプチミスト博多様から表彰されました。ホームページを開設しました。また西郷地区でさかなの住める川づくりの取り組みが始まりました。保太流の会の加藤登紀子コンサートを応援しました。
 09年 H21年 久留米市から補助金を交付されることになりました。そして、NPO法人として新たなスタートを切りました。ミュージカル「巨峰物語」の実行委員会に参加しました。
※03年 H15年 新型肺炎流行のため中止となりました。


恩格貝ご案内

Cc

左上のポインターが沙漠緑化の現地恩格貝(オンカクバイ)です。
広大なゴビ砂漠(約130万km2)があります。その東部にあるクブチ沙漠(約1万8000 km2)がわたしたちが植樹する現地です。福岡→北京が直線距離で約1500km、北京→恩格貝は約600kmです。

行政区分上は内モンゴル自治国になります。大鉄鋼業団地の包頭市(パオトウ市人口210万人)から車で2時間弱ぐらいの距離に恩格貝があります。ここで故遠山正瑛先生率いた日本沙漠緑化実践協会が沙漠開発のモデル地区で、沙漠緑化活動を展開しています。

わたしたち緑の応援団以外にも日本国内から多数の団体が植樹に出向いています。西日本新聞社も昨年から「ハチドリ隊」として取り組み始めました。

現地のレポートは日本沙漠緑化実践協会のホームページにあります。ご覧になられてください。

遠山正瑛先生 1906-2004 鳥取大学名誉教授
退官後中国での砂漠開発の研究に従事され、恩格貝に招かれたのは85歳のときでした。「恩格貝では、日除けの帽子に作業服・長靴のいでたちで道具袋を背負う遠山教授の姿がよく見られた。毎年8~9カ月の滞在期間には、毎日10時間近くにも及ぶ作業を続けた。」(人民日報が先生逝去のとき報道した記事から) 先生の来町がすべての始まりでした。
プロジェクトⅩに取り上げられたり、アジアのノーベル賞「マグサイサイ賞」を受賞されました。

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またもや式典の記事で恐縮です

15日までに投函してくださいとお願いしましたはがき、ええっと本日で締め切っちゃいますからね。結果を発表します。

ご来賓(公職・サポート企業団体) 14団体16人

まちづくり団体関係 7団体15人

緑の応援団団員 32人

合計 63人ということであります。

多数のご来場、団長に成り代わり心からお礼申し上げます。ありがとうございます。

と殊勝な文面が続いたのですが、まだ増えそうです。ええ、田主丸にはほれ出欠を知らせなくても出るという主催者泣かせの、ナニがありまして。

事務局としては、確率○○%ぐらいの想定であとこれぐらい団員が来るのではないかと予想するのです。

テーブルが作れない。カードが作れない。で、はじき出されるのは理事から。

65席で予約します。

式典は40分程度で終了する予定です。で、2時間弱のご歓談となります。

明日は、また団の歴史などアップします。

最初の一人が旅立ったときこの曲が売れていたんですね。

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歳月 2

前の記事で紹介しましたが、正式な創立総会をせずに96年ごろには、緑の応援団は存在していました。
わたしは、そのころ縁がなかったのではっきりしたことはわかりません。資料がなく古参のメンバーの記憶に頼ることになります。
ただ、当時も鯨や牛や馬のように酒を飲んでいたらしく、いったいどの記憶が事実なのか不明なのであります。

でですね、わたしのような後から参入組が、とりあえずこんな感じかなとして書き記したものが緑の応援団の創世記になるのであります。
初代団長ははっきりしています。現宮崎団長の令夫人、宮崎鈴与さんが団長として出発しました。
それがなぜかクーデター政権交代して、旦那が団長になって今日を迎えています。わかりません、たった10年ぐらい前のことなのに。

こういうのも世襲的問題なのでしょうか。

わたしは沙漠に行ったのは1997年が最初です。以後ヒラ団員でしたが、その後のことはおおよそわかります。
その前年に、遠山先生の自宅へ田主丸から直径2.5mほどの水車を運びました。団員でもなかったのに。その道中の話はこちらです。

その犠牲的精神が功を奏したのでしょうか、翌年植樹ツアーに応募したら抽選で当たりまして、当時の田主丸町の補助金で沙漠へ行くことになりました。
いやあまだまだ、わたしの頭部は砂漠化しておらず、緑の応援団の活動をやればやるほど、頭部砂漠化は進行するという不条理を生きてきました。

宮崎団長がファイトしてきたのはまぎれもない事実ですが、10年間にわたって事務局長を続けた有村理事の貢献は特筆すべきものです。
ワガママなおじさんをよくぞ10年間支えたものだ。今だから言いますが、緑の応援団やまちづくりグループを許さんぞという勢力がありまして、役場の職員である有村事務局長へいろいろいやがらせもありました。

そんなこんなで、中野事務局長とわたしが3年目となりました。

元気よくエエカゲンな事務局体制になりました。
いつぞやの記事にも書き込みましたが、会計担当も含めてどうやらわれわれの能力を超越して団が動いています。

NPOになり役員は理事となりましたが、すばらしいメンバーです。事務局が提起するイベントや新規事業など負担増にもかかわらず、黙々と汗を流してもらっています。
なんか終了した後、酒を飲むのが楽しいメンバーです。職業も年齢もテンでばらばらですが、仲間と飲む酒は本当にウマイ。

今後どのような組織形態に変えていかねばならないのかわかりません。団員数が増え、財政も大きくなり、難しく言えば再構築の時期に来ているようです。

ええっとですね ご意見をお待ちします。事務局をほんのすこしほめてください。

記  求む気鋭の事務局員
・ 大酒を飲んでも大丈夫な方
・ おじさんと付き合うことが面倒でない方
・ 待遇 委細面談 ただし無給

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歳月

1992年 第一号発射 無事帰ってきました。久留米市役所の職員です。 
  93年 2人。市民+職員。
  94年 2人。当時の町議会議員。

手探り状態でした。遠山先生の講演会後、当時の右田町長が思い立ち、関西隊への編入でのツアーでした。

  95年 記念すべき第一次隊。ようやく福岡空港から出発しました。町民から参加を公募し、5人程度は補助金。その他は自費です。計8人。

  96年 この年は10人補助金で。植木屋苗木屋さんが多数参加。3084本植樹の金字塔達成。田主丸はスゲーと評判。

  97年 補助金の5人に12人自費で計17人。わたしの初参加。

緑の応援団は、参加者のOB組織として96年頃結成されていましたが、正式な総会は開かれていませんでした。でですね、資料がよく判明しませんが、97年を正式な結成年としています。

  98年 補助金5人に自費6人で計11人。

  99年 補助金5人に自費8人で計13人。わたしは自費で2回目。

  00年 補助金5人に自費8人で計13人。

  01年 宝くじの分配補助金を使って補助金15人に自費19人で34人。これが最大の隊です。

  02年 旧田主丸町が補助金を打ち切りました。自費参加者15人。

  03年 新型肺炎SARSの影響で中止。

  04年 自費参加者15人。

  05年 新久留米市誕生に伴い、緑の応援団が主催団体となりました。イケイケドンドンの始まりでした。中高生への補助開始。計14人。

  06年 15人。(内補助中学生3人)

  07年 26人。(内補助中高生4人)

  08年 18人。(内補助中学生6人)

  09年 19人。(内補助中学生6人)

で、合計しますと延べ233人が参加し、11819本の植樹をしました。九州田主丸隊は活着率のダントツの高さで有名ですが、このポプラが10000本生育しているとすれば、CO2を年間500t吸収することになります。

ま、そんなかんなで月日は流れました。

田主丸町が主催者で緑の応援団はサポート団体でした。補助金の打ち切りなど厳しい時期もありましたが、団長が「やめん」この一言で現在の事務局のまあ右往左往があるわけです。

緑の応援団の歴史も沙漠への植樹に似たところがありまして、成長して葉が茂り始めたんでしょうか。
今一番若い理事は、01年に参加した中学生の一人です。平均年齢を大いに下げてくれるのでありますが。

応援してくださる皆様への感謝が一番ですが、わたしたちも一区切りをつけ、ソーレまたの10年イケイケドンドンの再開です。

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お手本

昨日日本沙漠緑化実践協会にメールを送りました。昨日のうちに返信があり、今日は直接電話がかかってきました。資料を送付しますとのこと。

すばらしい。事務局はこうでなくっちゃ。われわれはそこまでの迅速な対応ができていません。皆様にご迷惑をおかけしています。

で、そのユルメの事務局から皆様にお願いするのは、大変恐縮ですが。まだまだ出欠はがきが届いていません。HPをご覧になっていてまだの方は早くお願いします。この週末には、理事が分担して未投函の団員にお電話を差し上げます。

20日日曜日に式典の打ち合わせをします。場所は河童茶屋。正式な理事会となるか理事懇談会かは未定です。
あらゆることの確認作業です。

明日以降、緑の応援団の歴史などリーフレット用の資料をアップします。

ああ、地球。


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プレッシャー

いや当団だけで完結するイベントの準備はエエカゲンなものであります。手馴れていますし、経験則がありますから田主丸流儀の「あんくれこうばい」で大丈夫です。いささか不規則な事態が起きても、当日の全権掌握戦闘指揮官が即決して「ああせい こうせい」の一言でどうにかなります。

しかし しかしですね、はあ、今回の式典はプレッシャーがあります。公職の方々が、またこれまで団を支えていただいたサポート企業団体個人の皆様が、ご出席くださるために粗相ができない。いままで厳格な式典に類することをやったことがないんです。

経費削減のために事務局でない知恵を絞って企画していますが、世間様で執り行われるレベルに届くのか不安で一杯です。

などと不出来があったときのいいわけのようなものを書き込んでいます。

特に当日司会進行をする中野事務局長、はあ、わたしは事務局2でよかったですね。普段は、アアヤッチャッタで切り抜けてきた事務局長人生。
万が一何かをヤッチャッタら、たぶん団長は「罰としてあと5年事務局長を命ず」てことになるのではないでしょうか。

来賓の方々のお名前を拝見するにつれ、いやあ大変ですよ。

わたしたちのようなグループの式典にご参加いただくとは、身に余る光栄クラスの方々なのです。

決意と感謝に尽きるのでありますが、事業開始18年目の年でちょっと早めの成人式みたいなものかと思います。
当日は精一杯やります。それしかないのですが。

ご参集よろしくお願いします。

日本沙漠緑化実践協会現地レポートをご覧ください。

わたしたちの旅は終わらない プロジェクトⅩ風に

・・・・・そのとき宮崎のほほを伝う物があった。家族の反対を押し切り、沙漠へ沙漠へと歩み続けてきた、自らの過去が一瞬脳裏をよぎったからだ。
何もないところから始まった沙漠への終わらない旅。
もう止めようかと思ったこともあった。
沙漠の広さに打ちひしがれたこともあった。
なぜ続けるのか答えが見つからないまま、苦悩もした。

いま その答えがわかったような気がした。
目の前の仲間たち。宮崎の思いに共感して集まった人たち。
ここにもポプラの森がある。
沙漠の森は、動物たちに潤いと安らぎをもたらした。

宮崎の心に渇きはない。ここにも潤いと安らぎがある。
終わらない旅の途中に一筋の涙、よかった、なにもかもよかった、ぬぐうことなく流れるままに、宮崎はそう思った。

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ポスターを検討する

こんな感じのポスターを作ろうかと、昨夜団長・事務局長と考えました。式典の中身はまた別の記事で報告します。

Sinposuta

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出欠のはがきお願いします

ご案内を出すのがいささか遅かったと反省していますが、ご来賓の方々も予想以上にご協力いただけそうです。団員も、あらお久しぶりの方などありまして、盛会になりそうな気がいたします。

昨日中野事務局長とさまざまに検討いたしました。骨格は出来上がりました。団長の決済をもらって、理事会へ諮ることにいたします。

14次隊に参加して新たに団員となられた方を含め、目下当団は90人規模に膨れ上がっています。スゲー。日本沙漠緑化実践協会へも団体加盟する予定です。

今回のNPO法人田主丸町緑の応援団設立記念式典の位置づけは、これまでの18年間の到達点を検証し、法人としてこれからの進む道を団員の皆さんと確認するとともに、ご支援いただいている企業団体個人の皆様に心からの感謝をすることにある、と考えています。

この数年確かに事務局・理事会は能力以上のことを企画し、皆様に負担をかけてきたことは痛感しています。ただ、どこかで「やるっきゃない」と感じていましたので、ほぼ夢想したことを実現してきたとも思います。

事業規模が予想以上に拡大しました。理事など役員の構成は別にして、職掌分担の見直しなどが必要になってきました。

はじめて恩格貝に降り立ったのは12年前でした。
ウワー なんちゅう広さ 遠山先生もドエリャー夢を見なすったもんだな と思いました。しかし、年々歳々倦まずあきらめず、一本植えればそんだけ夢が実現していくことに、スンバラシイことだと実感しています。

団長の宮崎がしばしば申します。

われわれは一石二鳥も三鳥も四鳥も追いかける。

まさしくその通りであります。

どうぞ皆様、当日はあの初めて沙漠に立った日を振り返りながら、仲間としてご歓談いたしましょう。

遠方の方は宿泊(朝食付き6000円)程度で斡旋します。ご連絡を。

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交流会&報告会 無事終了

5日の交流会&報告会は、お天気にも恵まれ楽しげな催しとなりました。写真ではわかりにくいかもしれませんが、会場はぶどう園の山側です。杉林とその空き地の間には、清流が流れています。水は心地よい冷ややかさです。サワガニがたくさんいました。

西日本新聞の記者が取材に来られ、筑後版に記事が掲載されました。リンクを貼れないのは残念ですが、写真つきです。

ええっとですね、なにやらテーブルが淋しそうですが、オードブルの到着が若干遅れました。けっこうボリュームのある食卓になったことを付け加えておきます。理事以下スタッフは当然のことながら、お酒が飲めません。14次隊に参加した団長と秋山理事のみが、おいしそうにビールを飲んでいました。

わたしたちはお茶とジュース。我慢は人を磨きます。我慢は喉が渇きます。

すべてを片付けた後、居酒屋さんで(もちろん自費)打ち上げをしました。なんかあんまりうまくなかったですね。やっぱ、シチュエイションの差ですかね。

皆さん、式典の出欠はがきはよろしくお願いします。本日から到着し始めました。

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田主丸総合支所での総領事と産業振興課課長の交歓 ぶどう狩り 団長の挨拶 その日参加した14次隊メンバーと総領事夫妻の記念写真    

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第14次隊報告会兼中国総領事一行交流会

皆様に送りました地図がわかりにくいというご意見が寄せられました。一応グーグルの地図を貼り付けます。会場の田中農園・田主丸グリーンセンターぶどう園は、耳納山地の中腹に位置します。
場所的には最高の地です。
地図の水縄郵便局からは、看板どおりに進めば到達します。

まあ、午前11時に田主丸総合支所においでいただければよいのですが。

より大きな地図で 田中農園 を表示

拡大して水縄郵便局を探してください。わかりにくかったらJR田主丸駅に観光ぶどう狩りのマップがあります。

田中農園・田主丸グリーンセンター笹ヶ谷の説明地図です。こちらのほうがわかりやすいかもしれません。ただし、田主丸人は世間様と違って地図の上方を山にしますのでご注意。普通の地図と南北が逆であります。

当日は、なんかすごいのかそこそこなのかオードブルがあって肉を焼きます。飲酒運転は絶対にダメです。飲むと志した方は、公共交通機関でお願いします。牛や馬、鯨並みにビール好きのわれわれ理事会でさえ、本年参加した団長と秋山さん以外は飲みません。

地獄の責め苦であります。

急に聞きたくなりました。

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事務局は大忙し

ううっ キレソウダ。

昨夜中野事務局長とせっせと事務作業をしました。サポート企業団体の方々の整理。住所録を完備しました。これは、9月26日の記念式典の案内を出すためです。まあ、今年の報告書を出すためには必要なワークでした。

わたしは少し本業をサボり、式典案内の文章を起こしました。それから出欠確認のはがきを作りました。こんなのだって昼間文房具やさんやあちこち行って、準備しときました。

わたしがまちづくり団体関係の案内を発送します。事務局長は、サポート企業団体関係です。ええっと合計50通ぐらいですかね。

いやあ何でこんなに大変なんだ、まだリーフレットを作ったりポスターもあるし、パネルの製作もあります。9月5日の報告会兼懇親会の看板の準備もあります。

もうやめたい、苦痛じゃ。

もちろん無給であります。というより持ち出し状態です。わたしは、もはや体力能力の限界です。来年の総会まではなんとか続けますが、そこまで。
ちょっと前までは、のんびりした団体だったのですが、この作業量の多さについていけなくなりつつあります。

右肩上がりで前進しているNPOでは、どこもかしこも事務局はこんな状態なんですかね。

グチってはいけないのでしょうが、もっとPCの能力に長けかつ余裕がある人がやるべきですな。

と言いたいこと言ってああすっきりした。

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