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歳月 2

前の記事で紹介しましたが、正式な創立総会をせずに96年ごろには、緑の応援団は存在していました。
わたしは、そのころ縁がなかったのではっきりしたことはわかりません。資料がなく古参のメンバーの記憶に頼ることになります。
ただ、当時も鯨や牛や馬のように酒を飲んでいたらしく、いったいどの記憶が事実なのか不明なのであります。

でですね、わたしのような後から参入組が、とりあえずこんな感じかなとして書き記したものが緑の応援団の創世記になるのであります。
初代団長ははっきりしています。現宮崎団長の令夫人、宮崎鈴与さんが団長として出発しました。
それがなぜかクーデター政権交代して、旦那が団長になって今日を迎えています。わかりません、たった10年ぐらい前のことなのに。

こういうのも世襲的問題なのでしょうか。

わたしは沙漠に行ったのは1997年が最初です。以後ヒラ団員でしたが、その後のことはおおよそわかります。
その前年に、遠山先生の自宅へ田主丸から直径2.5mほどの水車を運びました。団員でもなかったのに。その道中の話はこちらです。

その犠牲的精神が功を奏したのでしょうか、翌年植樹ツアーに応募したら抽選で当たりまして、当時の田主丸町の補助金で沙漠へ行くことになりました。
いやあまだまだ、わたしの頭部は砂漠化しておらず、緑の応援団の活動をやればやるほど、頭部砂漠化は進行するという不条理を生きてきました。

宮崎団長がファイトしてきたのはまぎれもない事実ですが、10年間にわたって事務局長を続けた有村理事の貢献は特筆すべきものです。
ワガママなおじさんをよくぞ10年間支えたものだ。今だから言いますが、緑の応援団やまちづくりグループを許さんぞという勢力がありまして、役場の職員である有村事務局長へいろいろいやがらせもありました。

そんなこんなで、中野事務局長とわたしが3年目となりました。

元気よくエエカゲンな事務局体制になりました。
いつぞやの記事にも書き込みましたが、会計担当も含めてどうやらわれわれの能力を超越して団が動いています。

NPOになり役員は理事となりましたが、すばらしいメンバーです。事務局が提起するイベントや新規事業など負担増にもかかわらず、黙々と汗を流してもらっています。
なんか終了した後、酒を飲むのが楽しいメンバーです。職業も年齢もテンでばらばらですが、仲間と飲む酒は本当にウマイ。

今後どのような組織形態に変えていかねばならないのかわかりません。団員数が増え、財政も大きくなり、難しく言えば再構築の時期に来ているようです。

ええっとですね ご意見をお待ちします。事務局をほんのすこしほめてください。

記  求む気鋭の事務局員
・ 大酒を飲んでも大丈夫な方
・ おじさんと付き合うことが面倒でない方
・ 待遇 委細面談 ただし無給

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