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2009年10月

ええっとカウントしてみます

来年の15次九州田主丸隊のお話です。

中学生 6人(プラス2の方向)  団の理事 2人 まず8人です。

公職関係で希望された方 4人  リピート 5人  これで計17人となります。

新規で申し込まれた方 3人  合計20人。

記念すべき15次隊は30人で臨みたいと考えています。えらく先の話なのですが、イケルンジャナイカということです。
JR九州旅行さんは、募集コストも低目に30人の隊列をゲットできる、幸先よろしいんじゃないでしょうか。

これからの半年、今までやったことがないような沙漠緑化の宣伝をしようと考えています。一人でも多くの方々へ、情報をお届けしようと思います。

明日は、団長と事務局長が浮羽ロータリークラブの例会にお呼ばれしています。渾身の力を振り絞って、切々と訴えくることを希望します。

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別府の夜はふけて

金曜日にロータスクラブ九州ブロックの役員にして本年沙漠植樹に参加されたOさんの事務所を訪ねました。
緑の応援団事務局が検討中のことをベースに懇談しました。わたしたちはお願いする立場、Oさんもその組織の中でこの案件を進めることの相当の努力を払われています。

金銭のかかわる微妙なことがらが含まれていますので、正式な公開は控えたいと思いますが、団長以下求められればどの場にでも出席して、熱い思いは開陳したいと思います。予備交渉的な部分もあり、確定事項の発表とはなりませんが、わたしたちが前進するエネルギーの源をいただくことになりそうで、気分は高揚であります。

で、交渉ごとが終わりまして、ああ別府の街に繰り出しました。

北浜の旅館が併置されている料理屋さんで、魚がメインが一軒目。おいしかったです。焼酎より冷や酒が合いそうな気がしましたが、遠慮しました。
穏やかに酒席は進んだのですが、禁煙でして団長もOさんもそわそわし始めました。わたしも吸うのですが、自宅では飲みながらも吸わないのが慣れっこなので我慢できましたが、お二人は耐えられなかったようであります。

料理や酒のよしあしではなく、タバコの問題で次に移りました。

次は居酒屋さんです。団長曰く、だいぶ田主丸の店に近づいたので安心した。かなり飲みましたね。給仕する女性が、日本の方じゃないような気がしましたが、中国の方で大連出身の26歳、別府大学に留学中とか。
わたしは聞き出せません、もちろん団長であります。

最後にスナックに行きました。いやあクラシカルですばらしい。カラオケもないし、もうこのようなお店はなくなったかと思っていましたが、ありました。
Oさんといろいろ話し込みました。団長は目を瞑り始め、やがて男は静かに突っ伏して眠るのでありました。

手元にそのスナックの名詞とマッチ箱があります。

Oさん楽しい別府の夜ありがとうございました。

2時半に眠り6時半に起きました。30分ぐらい散策しました。歩くことではじめて見知らぬ土地を実感する。新領土に降り立つ帝国主義的気分であります。

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いろいろ雑記3

・理事各位に山苞の道の担当する日付を記入したものを送付しました。ついでに保太流の会の秋祭りの案内もあります。今週の日曜日。記事はこちらです。

・ああ 明日、団長と出張します。別府です。高速代・ガソリン代・ビジネスホテル代は、旅費として経費処理してもらいました。結果は報告します。

・先日マクロスの記事を書きましたが、あの主題歌「愛覚えていますか」も、加藤和彦さんの作曲でした。びっくりしました。

・娘が参加した山苞のスケッチ大会。入賞していました。二週続けて土曜日は表彰式に出席することになります。

・11月はイベントが3本立てです。

11月2日、3日 山苞の道 後援

11月7日、8日 耳納の市 出展・出店

11月22日 浮羽青年会議所30周年企画チャリティーコンサート 参加
ザ・ソウルマティックス(ゴスペル系) 17:30分開場 うきは市浮羽町 うきは市民ホール

皆様のご来場をお願いいたします。

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そのとき ぼくは30歳だった

90坪ぐらいの電気屋さんで働いていました。
エアコン・扇風機・ホットカーペット・ファンヒーターなどを売っていたんです。季節商品担当でした。

↑この作品は1984年に劇場版が公開され、87年にLD・VHD・ビデオになりました。LD(レーザーディスク) 若い方たちには通じないでしょうが、DVDのごく低レベルの映像記憶媒体と思ってください。

となりの売り場が、ビデオデッキコーナーで担当者が販売促進用としてメーカーからもらったこの作品をリピート状態で流していました。

もう何度も何度も目にし耳にしました。
アニメ系はとっくに卒業していた年代でしたが、連日暇な時間帯にながめているうちに、ありゃこれはおもしろいと気づき、いやあじっくり見るようになりました。

曲が流れ始めてからのこの最終シーンは、アニメ史上に残る傑作シーンとのこと。壮大な戦闘シーンに愛をテーマにした曲が流れるのですが、奇妙にあっているんですね、これが。

毎日12時間以上働いていましたね。接客業ですから立ちっぱなしです。

この曲が流れるたびに、あのころをふと思い出します。あのまま会社に残っていたらどうなっていたんだろうかって。

まあ、娘と息子のいない人生は考えられないし、緑の応援団の皆さんとの出会いにも十分満足していますし、これでいいのでありますが。

まちづくり 環境 仲間 友人 古里 いやいまのままで大変よかったとしみじみであります。

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くじらの森の秋祭り

わたしたち緑の応援団とメンバーが重複していますが、保太流(ほたる)の会から秋祭りのお知らせが届きました。
昨年は、加藤登紀子コンサートを全面的に支援しました。

ところで日程、今度の日曜日です。
非常に理解に苦しみます。緑の応援団理事会もエエカゲンではありますが、もうわれわれのはるか上を行く、スゲー段取りであります。

で、案内のはがきは、たぶん、三日前ぐらいに来るのではないかと予想します。

ああ、われわれは慣れているので、またかあ、という気分でありますが、ここまでエエカゲンでいってさして何も問題が起きないのは、まあ、徳があるのでしょうな。

くじらの森の秋祭り

ジャズ in くじらの森

10月25日 日曜日 15時30分開場 16時スタート くじらの森野外ステージ

出演 野中真由美(アルトサックス) 山野修作(ギター)

無料 終了後の酒飲みは1000円

理事会を開催する暇(いとま)がありませんでしたが、団長が応援するぜの一言で記事をアップしました。

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いろいろ雑記2

・土曜日山苞の道のスケッチ大会に参加しました。準備のお手伝いをしました。娘は、何かを画いたようです。迎えに行ったときは、作品を提出済みでしたのでお楽しみにしときます。

・その午後、そよかぜホールの表彰式に出席しました。「わたしのしあわせ写真展」だっけ。9月に下筌ダムでキャンプ&カヌーをしたとき、娘と一緒に乗った写真が入賞していました。ああ わたしたちは被写体で 作品は行徳会長のものなのですが このさい面倒くさいことは なしということで。娘が商品の図書券をもらいました。

・夕方前、団長とこのブログにコメントを寄せてくださるロータスクラブの江上さんとこへ出かけました。緑の応援団との関係で前向きに話が進んでいることを教えてもらいました。
その江上さんの組織上上役になるOさんと面談させてもらおうかなと計画しています。詳細が確認されたらご報告します。

・その帰りに浮羽JCの担当者さん所へ寄りました。団長は初対面なのですが、MさんはDVDで何度も見ていたのではじめてじゃないような雰囲気でした。

・以上土曜日です。

・日曜日は家族で甘木のキリンビール工場に出かけました。ものすごい人出でした。コスモスが満開でした。駐車場に入るまで国道500号線で30分ぐらい渋滞していました。

・加藤和彦さんが亡くなりましたね。以前はよく歌ったものです。

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いろいろ雑記

・11月2,3日の『山苞の道』に参加する理事の振り分けをしました。はがきで連絡しますのでよろしくお願いします。

・耳納の市には特産品を販売します。渋柿は団員のAさんの協力が得られました。11月5日ごろ、ちゃっちゃか渋柿を採る予定です。価格はドカーンと一発安さの追求です。
渋柿作りのレシピをつけます。

・おなじく特産品としてムカゴ(ヤマイモにつく実みたいなもの)もUさんが準備してくれることになりました。塩茹ででよし、炊き込みご飯がおいしいですね。

・事務局ではA5サイズのリーフレットを計画しています。これを読んでいただければ、緑の応援団とは何者であるか、わかるようなものをつくります。

・あくまで皮算用ですが、記念すべき来年の第15次九州田主丸隊に参加希望されている方をカウントしましたら、18人となりました。
目標は30人の大部隊を送りたいと考えます。中学生だけではなく、一般の方も少しでもお得にする企画を練っています。

・法人の定款に関係ないところで、組織の改革をしたいと考えています。そこで、団員の皆様にはアンケート&理事会への要望を提案してほしいと思いますので、その際はご協力お願いします。

・ああ 理事は酒の飲みすぎであるとか、その酒代を団にカンパしろなどという意見は瞬却(瞬間的に却下)します。地球のため世のため人のための後の、格別の一杯があるから理事やっているのですから。

・解散した旧田主丸町緑の応援団の積立剰余金を式典に打ち込みまして、団の財布は、ハアため息状態になりました。いいのです。なんとかなるのです。なんとかなるのではないでしょうか。なるんじゃないかなあと希望します。

・団員の皆様、環境系の講演とか学習会とか、そのような企画がありましたらご一報ください。必ず対応します。立派なパネルも作りましたし、映像と笑いいっぱいの出張サービスをします。

以上 いろいろ雑記でした。

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理事会報告

10月10日 午後7時 そよかぜホール第一研修室

出席 宮崎 福留 中野 刈茅 山下 有村 吉武 (石橋)

・浮羽青年会議所さんからの要請事項承認しました。11月22日の創立30周年記念イベントにわたしたちも参加します。ゴスペルコンサートだそうです。
資料をいただきましたらアップします。

・耳納の市(11月7、8日)の打ち合わせをしました。パネル展示やチラシ配布のほか、渋柿など特産品を販売します。売上金は中学生派遣の補助金に打ち込みます。

・山苞の道(11月2、3日)に人員も派遣して応援することを確認しました。理事会を中心に5人ずつスタッフとして出ます。

・記念式典の総括をしました。甘いかもしれませんが、おおむねまあよくやれたのではないか、と言うことです。

緑の応援団通信やご来場された方への謝辞、サポート団体への報告書など封筒の詰め込み作業をしました。人数がいると早いですね。1時間で終了しました。

で、団長・副団長・わたしで居酒屋に行きました。酒の席の話で公表ははばかれると思いますが、今後の団のことなど話しました。
大好きな作家に海老沢泰久さんがいます。「監督」と言う作品で主人公の広岡監督は、(ヤクルトスワローズの)選手たちにこう語りかけます。

「最後までベストを尽くそう。もしだめだったとしても、われわれはそのなかできっと何かをつかむはずだ。私はその何かをきみたちひとりひとりにつかんでもらいたい。そして、最後は顔をまっすぐあげて、誇りを持って球場を出て行こうじゃないか」

カックイイー。

リーダー ボスたる者 こうでなきゃ。しびれちゃう。

緑の応援団の事務局は大変重労働になってきました。しかし、まあわたしを成長させる何事かであると感じています。
顔をまっすぐあげて、誇りを持って、何かをつかんで生きていく。

というわけで、ああ、うまい酒をにぎやかに飲む機会がほしい、そう思う方はいつでも緑の応援団の事務局の門をたたかれよ。
あなたの人生にきっといままでなかった何か、やりがい、仲間友人、そういう宝物があなたのポケットにふえますぞ。

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先週の事務局2一家

福岡市動植物園に行ってきました。子どもは入園料無料、わたしとカミサンで確か800円。安くて適度な運動、年に3、4回出かけます。
わたしにとっては実に思いでぶかい場所なんです。

30年前学生だったころ、やっぱりというかそのころもとある団体の事務局をやっていまして、気分が重くなるとキャンパスを抜け出し、山をすこし歩けばこの動物園にたどり着くのです。

ゴリラとかチンパンジーをボーっとしながらながめているうちに、気持ちが軽くなりまして山を降りて居酒屋さんに通ったものです。

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植物園を一人でほっつき歩きました。
キンモクセイにはすこし早かったのが残念です。

まちが丸ごと植物園、ああ田主丸人に生まれてよかったワイ!
   

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決まったこと

社団法人浮羽青年会議所(JC浮羽)さんから呼びかけられていた事業が正式に進むことになりました。

といってもわが社の理事会にはまだかけていませんが。

創立30周年とか。その記念事業の一つに、団もお呼ばれしました。

詳細は、明日の理事会後発表します。

ええとですね 明日酒飲んだら 当然 書き込みは日曜日です。

管理人のわたしが多忙でございます。来週は何とか時間を確保します。

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たぬしまる考1

田主丸を紹介するとき、まあ一般によく使われるのは、菊池丹後の往生観「楽しく生まる」からその地名が起きたというものです。

手元に一番信用できる資料である「田主丸町誌」がないので、年数まで記せませんが鎌倉時代には少なくとも「田主丸名」という荘園に組み入れられた地名がありました。

菊池丹後の物語は、慶長19年(1614年)ですから、町立てはそのときとしても地名はずいぶん前(数百年前)からあったようです。
ところが「楽しく生まる」から田主丸の地名が起きたと、定説化しています。

ああ わたしは実は町立てがそんなに遅かったのかなと、若干疑問に思っています。江戸時代。ふうむ。

平安時代からある地名もあるんですね。どういう形態かはわかりませんが、ムラは成立していたんですね。田主丸(町の中心部)が江戸時代までムラになっていなかったのかなあと言う感じです。

ただ、楽しく生まる、これはなかなかいい言葉です。楽しく生きるだから田主丸(楽生 たのしくうまる タノシマル たぬしまる)という呼称は、よろしいスタンダードと思います。

現在でも、タノシマルと発音する人は多いですね。

でですね、楽生。らくしょう。楽しよう、とも聞こえます。

ちなみにわたしがもう一つ参加しているカヌーの団体の正式名称は、手作りカヌー工房楽生水澄しの会です。

ええと資料なしで記憶で書いていますので、不安があります。町誌を精査してあらためて報告したいと考えます。

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緑の応援団通信を送ります

秋の装いの移ろいに新緑の頃とは違う、田主丸のよさをしみじみ感じています。

団員の皆様、いかがお過ごしでしょうか。

NPO法人田主丸町緑の応援団設立記念式典を開催しましたところ、町内をはじめ遠路多数の団員の皆様にご来場いただき、本当にありがとうございました。

なにぶん不慣れなことでしたが、大過なく無事終了したことに安堵しています。

そのあいさつでも述べましたが、緑の応援団は大きな風を受けていると思います。翼を広げ風をつかみ風に乗って大きく羽ばたく時と、痛切に感じています。

ご来賓各位やサポーターの皆様とも懇親会の席で親しくお話しする機会もできました。また団員の方々とも沙漠OBとして旧交を温めることもできました。

ともすれば一方通行になりがちなことをいくぶんあらためることもできたのではとも思います。

現在の理事会にさまざまなご意見もあると考えます。皆様のお考えをお寄せいただき、団がはばたく大いなるエネルギーにしたいと思います。これからもよろしくお願いいたします。

代表理事団長 宮崎吉裕

・事務局から

理事全員がスタッフとなりおもてなしの準備をいたしました。フォーマルな式典をやること自体がはじめてでしたので、けっこう大変でした。また団長の奥様やAさんには、男所帯で気が回らないことのフォローをしていただき大変助かりました。反省すべき点至らぬ点を十分に総括し、今後に活かしたいと思います。皆様ありがとうございました。

秋の緑の応援団イベント

1.11月2、3日 月&火(文化の日) 「来て見てん山苞の道」

このイベントは、山苞の会が主催されています。団も後援に名を連ねていましたが、本年から本格的に支援することになりました。もえもん「田主丸まちづくり団体連絡協議会」の協働作業として取り組みます。緑の応援団は、本部詰めスタッフとして協力する予定です。詳しいことは、同封のチラシにあります。秋の田主丸の散策にお出でいただくことをお待ちしています。

2.11月7、8日 土&日 「耳納の市」

田主丸最大のイベントです。秋の田主丸の恵みの産物が販売されます。農産物から耳納の里にふさわしい加工品まで、たくさんのテントが軒を連ねます。10万人近い来場があります。

緑の応援団は、沙漠緑化のご案内・パネル展示など広報活動をします。団員の皆様は、格好の休憩所としてぜひ団のテントにお立ち寄りください。

 会場 福岡県緑化センター JR田主丸駅から西へ徒歩約10分 広い駐車場もあります。

            インターネット環境にある方は、団のHPもしくは「田主丸ナビ」で紹介していますのでご覧になられてください。

             あわせて、団のHPへのアクセスよろしくお願いいたします。田主丸町緑の応援団で検索いただければ、すぐわかります。

3.今月は、28日に浮羽ロータリークラブで団長が講演する予定です。また、確定していませんが浮羽青年会議所の方々と11月22日にタイアップ企画をする予定です。

現物には団長以下の携帯番号が入っています。

なお、式典で使ったリーフレットやポスターを希望される方はご連絡ください。送ります。
リーフレットは、後日ウェブページにアップします。

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地球温暖化2

サモア諸島やスマトラ島の巨大地震には驚かされました。多数の死者行方不明者が出ています。なくなられた方に謹んでお悔やみ申し上げます。

地震は自然災害ですが、予測は困難であり、建造物などの被害を最小限に抑えるか準備するぐらいしかありません。

先日の記事で紹介したIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次評価報告書は、定説化した仮説と紹介すればよいでしょうか。

原文を日本の気象庁が訳出したものがあります。

わたしは折をみてすこしずつ読んでいます。まあ、ずいぶんコンパクト化したリーフレットなど作ってみようかという気もあります。

わたしが小学校低学年の頃、40年以上前のことになりますが、水縄小学校での思い出です。冬になると、山間部には雪が降りました。
ズックではなく長靴をはいて、小学校に通った記憶があります。担任の先生は、体育の授業などを急に変更して、グラウンドや今で言う山苞の道などで雪合戦をしました。

ここのところ、水縄地区には幾日も雪が降りつむことはありません。夜間からの雪があっても、積雪は10cm以下でその日の内に溶けてしまいます。

これは地球温暖化の影響だと考えますが、皆さんいかが思われます。

上記報告書には、50年100年先に地球環境が劇的な変化を遂げるとあるわけではありません。短期的に、異常気象は頻発する可能性が高いと予測されています。
ですからわたしたちそのつぎの世代さらにそのつぎの世代にかけて、わたしたちが自然環境をいつくしみ、必要な手をいれ、保全に努め、そして生活様式をあらためていけば十分に対応できる範囲と、わたしは読み取りました。

成長したポプラ200本。これが達成できれば、平均的日本人一人が年間に排出するCO2が吸収されることになります。
またわたし個人は、生活様式を落とすことにもためらいがありません。

子どもたちも過保護にならないようにしています。心身とも骨太になるようにと心がけています。

先日、水縄小学校のPTA理事会で運動会を春に開催するか秋に開催するか議論がありました。
わたしは、地域的祭りの一環として秋の開催を希望しましたが、多数派は春の開催でそのように決定しました。

それぞれたくさんの理由がありましたが、ひとつ気になったのは、9月がまだ気温が高く子どもたちの体力の消耗が激しいというものがありました。
ここでも地球温暖化とも思いましたが、もっと肉体的な虚弱な保育園児は秋に運動会をやっているのですから、理由にはなりませんね。

酒の席での話で恐縮ですが、緑の応援団の理念的なものの構築、組織運営上のシステム、そうしたものをしっかり準備する時期が来たような気がします。

にぎやかに楽しく仲間と地球環境問題に取り組む、その方向性は変わりませんが、数年先を見すえて議論を始めたいと思います。
皆様の率直な声を寄せていただきたいと考えます。

むずかしいことはやさしく やさしいことは深く 深いことはゆかいに ゆかいなことはもっとゆかいに (井上ひさしさんの言葉を拝借) そしてみんなで楽しく

そうした緑の応援団づくり 緑の応援団さがし これをテーマに、わたしは考えてみたいと決めました。
比較的単純な事務作業は、もっと若い人たちにゆずっていきたいと思います。

もちろんアクセスしていただいたら「おもしろかった」の評価が最高ですが、今後は時々まじめな話が出てくる予定です。

今後もよろしくお願いいたします。

井上ひさし&山元護久 コンビの脚本でした。

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地球温暖化

鳩山首相がこの国の世界公約として「温室効果ガスを90年度比25%削減する」と述べたことは先日の記事に書き込みました。

温室効果ガスによる地球温暖化を懐疑する意見が一部にあることは知っています。ただ、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書は、非常に信頼性あるものとして定説化しています。

世界中の学者の共同作業、理論展開・検証・実証をとおして、各国ともこの報告書を基準に議論しているわけです。

先進諸国と中国・インドなどの間には、対立といっていい構造がありますが、この第4次報告書を中国やインドが否定しているわけではありません。

地球自体は、さまざまな要因で気候変動が繰り返されてきました。近年問題になっている地球温暖化問題は、20世紀後半からの温暖化の問題です。
しかも、人為的なものに起因する気候の変動であり、具体的には地球表面の大気や海洋の平均気温が長期的に上昇する、と定義付けられています。

と、このくらいは緑の応援団必修課目のさわりです。

豪雨・旱魃・酷暑・台風の発生などの短期的現象から、特定生物の絶滅や生態系の破壊、あるいは食糧危機など人類への直接的影響など、さまざまな災いを及ぼすとされています。

戦争とは違いますが、文明や生命存在そのものを脅かす脅威になるかもしれません。
わたしは緑の応援団の一員ですから、普通に暮らす方々よりこうした問題に反応いたします。

ただ暗い話ばかりではありません。新しい産業創出につながる可能性があります。敗戦後、技術立国できたこの国の持てる潜在能力を傾注すれば、壮大なビジネス環境があるのではないでしょうか。

かつてマスキー法というきびしい排気ガス規制法案がアメリカで成立したとき、ホンダの総帥本田宗一郎氏は、逆手にとってCVCCという画期的なエンジンでアメリカ市場に大進出しました。

環境問題は日本に聞け。そうした時代が来るのを希望します。

子どもたちが大きくなったとき、なりたい職業のトップはサッカー選手ではなく、森林保安隊(森林レンジャー)そんな時代が来るかもしれません。
農業は国土保全産業であり、水と空気をつくり温室効果ガスを吸収する地球環境へ一番役立つ産業として脚光を浴びている、そんなことも夢想します。

植木苗木のまちから沙漠緑化に取り組む一員として、ちょっとまじめに今日は考えてみました。

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