« ヤッタゼ!5連勝  | トップページ | 第15次九州田主丸隊 募集が始まります »

その時 ボクは 37歳だった

日曜日の午後と憲法記念日だけ休みました。わたしの仕事ではお正月とお盆だけが楽しみなのです。

日曜日の午前中は、田んぼの苗床の作業をしました。娘と息子も手伝いというか応援団で来ていました。何の役にも立ちませんが、農業に触れさせるために仕込み中です。息子は「お手伝いしたからお米ができたらいっぱい食べられる」といっていました。

その夕方、自宅の方でバーベキューをしました。家族でするのは初めてです。水澄ましの会のキャンプなどでは、わたしは一切炊事関係には手をだしません。しかし、ああホスト役でありますので最初から最後(焼きそば)まで焼き続けました。特に記すほどでもない普通に日常的なことです。

日本中でどこの地域でも、家族がにぎやかに一緒に食事をする、当たり前の出来事です。憲法とか政治とかそういうレベルではなく、わたしやあなたの生活であり暮らしであります。

P1010249

14年前はじめて沖縄に行きました。田主丸の子どもたちと平和学習を兼ねながら、その研修の事務局をやったわけです。以後3回沖縄に行きたいから行きました。

嘉手納空港の巨大さにはいつも圧倒されます。普天間飛行場はその隣接する嘉数高台公園から眺望しました。頻繁な航空機の出入りと轟音に驚きます。
その横に下に沖縄の人々の生活・暮らしがあります。

海へ近づけば、紫外線に弱いわたしの眼では、その強烈な色彩と光の反射を見つめ続けることはむずかしくなります。

子どもたちと笑いながら肉を焼き野菜を焼くたいしたことない普通の一日をわたしは享受していますが、そのことがどこかのだれかの大変な負担の上にあるものであるならば、その方々の希望を十分に受け止めなければと思います。

沙漠で植樹することは一人ひとりが自由に解釈してよいことと考えます。
環境の問題としてとらえるもよし。
日中市民の友好的交流もよし。

いつもいつもかしこまっているわけではありませんし、できるわけでもありませんがこの国の歴史を振り返ってしばし考慮すれば、祈りにも似た気持ちを沖縄の人々に馳せることは、それもわたしたちの生活のささやかな一部にしてもよろしいのではないでしょうか。

|

« ヤッタゼ!5連勝  | トップページ | 第15次九州田主丸隊 募集が始まります »

事務局2の遊びやせん」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: その時 ボクは 37歳だった:

« ヤッタゼ!5連勝  | トップページ | 第15次九州田主丸隊 募集が始まります »