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日中国交正常化40周年①

以下の書き込みは個人的なものです。団の見解ではありません。

当時の首相は田中角栄氏でした。北京訪問の際、このような詩を著わし中国の最高指導者毛沢東主席に謹呈しています。

國交途絶幾星霜修好再開秋將到
鄰人眼温吾人迎北京空晴秋氣深

文学的な価値はゼロですね。不動産屋さんの広告のような。

駅徒歩十分 日当良好
共益費無料 即入居可

しかしアメリカの指導部はこの現実に驚嘆したとか。政治指導者同士が漢字文化圏の習いで、詩のやり取りをする。
文化や文明をかなりの程度で共有するアジアの隣国同士、あたりまえのことですが、アメリカはびっくりしたらしい。

さて、田中首相ははっきり言って貧農の出身でした。正式な学歴も高等小学校卒業です。

大体、田中、田んぼの中にいる、そんな姓からして、当時の中国指導部はどんな印象を持ったでしょうか。

貧しい階級から学もないまま、それでも世界第2位の経済大国の最高指導者になることができる国。

中国の指導者たちが理想とする国家の姿を、たぶん、田中首相は実現していたのかもしれませんね。
農民が首相になる、そしてドヤ顔で、奇妙な詩を書きなぐって来る。毛主席も周首相も長らく農民を味方につげながら、国を造った人たちです。
政治的立場は別にして、共感共鳴したでしょうとわたしは想像します。

これはこれで、日中の国交回復にあたり、田中首相でよかったなあとしみじみ思います。幸運な出会いです。

田中首相は、北京空晴と詠みましたが、40年後の北京は厚いスモッグ排気ガスの街でした。

Epsn0201

中央左のホテル?は、直線距離100mぐらいですよ。それがこんな感じですからね。

②へ続きます。なお、田中首相の詩や首脳同士の関係性など、あるブログを参考にしています。

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