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2012年9月

緑の応援団通信を発行します

現物にはかるかやと事務局長の携帯電話番号が記載されています。

クリックして拡大してください。

Photo

理事会を開催します。

10月 5日 金曜日 午後7時 そよ風ホール 茶室

必ず出席してください。議題ははがきで通知します。欠席の理事はしばきあげます。(笑

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理事各位へ 業務連絡

ああ、例の県NPOセンターの文書の件ですが、苦闘の末書き上げまして明日送ります。

ご安心めされ

まあ、わたしの怠慢でもあったのですが

行政書士とか税理士とか変身できるわたしのファイトをもう少し

評価していただきたいなあと、ブツブツ。

もう5年以上も事務方長期高原闘争中なので、郷土会や水澄しの会という

本来の居場所に戻りたい願望が非常に出てきたことを申し添えておきます。

来年の総会で6年ですよ。郷土会や水澄しの会から出向してきて、十分働いたんじゃないかなあ、と、思うのであります。
もうちょっと楽にさせておくんなし。

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実績報告書の提出

わたしたちの沙漠植樹は、(公財)福岡県水源の森基金様から補助を受けている事業です。

申請窓口は、福岡県朝倉農林事務所林業振興課です。

福留副団長がほぼ完璧な実績報告書を作りましてですね、本日その提出作業が無事終了いたしました。
いろいろな出費を苦しい団の財政ではまかないきれず、役員の立替払いなどで支出していまして、ほっとしています。

早く決済が下りて、まあその、ご入金賜ればと祈っております。

団員各位におかれましては、団費納入がまだの方、謹んで振り込んでくださいね。

今度の通信では、秋のイベント告知と団費未納入3年経過の方の除籍を定款にしたがいまして実行いたします。

せっかく仲間になっていただいたのですが、財政の問題は組織維持の根幹でありまして、ご理解よろしくお願いいたします。

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報告会終わりました

台風の影響?広報の徹底不足?32人の皆様にお集まりいただいて無事終了しました。

出利葉県議会議員・中村県議会議員・原校長先生 ご出席いただきまたスピーチありがとうございました。

わたしの作業報告 写真を使った久野理事の報告に続き、田主丸中学校生徒7人が次々と報告しました。
われわれは、田主丸の次世代の人たちに「たぬしまるだからこそ」の、そして「なにかをつかんでほしい」と願いながら彼らを派遣します。
その期待に十分こたえてくれる内容でした。

「なにか」は生徒それぞれ違いますが、故遠山先生の「やればできる」はしっかり彼らの中に浸透したなと、思いました。
「また行きたい」も共通しています。しかし、われわれの役目はここまで。
彼らがこのことを時間の経過の中で、どう定着させていくか、それはわかりません。

もちろん今後も仲間としてわれわれは一所懸命働きかけますけれど。

Epsn0311

報告集は残り少なくなりました。

当日欠席の17次隊隊員には郵送します。入手ご希望の方はご連絡ください。

5時から場所を変えて懇親会をいたしました。仲間と飲む酒はおいしいものであります。

これから秋のイベントへの取り組みとなります。緑の応援団通信を発行します。
文責かるかや

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準備完了

3連休の中日だし台風の影響もありそうで、それに大体しっかり広報していなかったし、明日の報告会はどれぐらいの人たちに来ていただけるのか、わかりません。

どうも団長は浮かれているなあと、思われるでしょうね。

いや、実際そうなのですが。イベントごとは大好きです。イベントを企画しやりとげる過程、全権掌握の委任があれば楽しいです。
まあ、一種の戦闘指揮官ごっこです。

昨夜は、わたし・福留・中野・野村できっちり仕上げました。現在の団の事務能力いっぱいいっぱいだと思います。

さて、わたしが最も好きな指揮官のセリフを紹介します。

優勝争いにはまったく無縁のあるチームを率いることになった監督は、選手一人ひとりと向き合い、あるときは叱正しあるときは勇気づけ、最後はジャイアンツとペナントを争うまでに成長します。
しかし、初めての経験、心身ともに疲れきった選手たちに、監督は語りかけます。

ベストを尽くそう

「最後までベストを尽くそう。もしそれで駄目だったしても、われわれはそのなかできっとなにかをつかむはずだ。
私はその何かをきみたちひとりひとりにつかんでもらいたい。そして最後は、顔をまっすぐ上げて、
誇りを持って球場を出て行こうじゃないか」

どうです、監督は選手たちを信頼し、君たちのファイトでここまで来た、最後まで君たちのゲームにベストを尽くせと語りかけるのです。

ここで発奮しないならば、ここで死力を尽くさないようであれば、男の子じゃない。

この小説をわたしは24歳のとき読みました。ありふれた言葉ですが、泣きたくなるような感動でした。
いまでもこの国の最高の野球小説だと思っています。そして、折にふれ、このセリフを30年近く大切にしてきました。

わたしは、団長になるとき一期2年間引き受けてみると公式に述べています。来年6月の任期終了まで、この監督の矜持に近づきたいものであります。

海老沢泰久著 「監督」  広岡達朗監督が実名で登場します。
文章もこの国の散文の最高のひとつだと思います。

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KurumeこくさいDay

ものすごく忙しいのですが、↑の第6回実行委員会に出席しました。

実行委員会の事務方は、久留米観光コンベンション国際交流協会です。当団も大変お世話になっています。

まだ、ウェブサイトはありませんので、とりあえず簡単にご紹介。

10月13日 土曜日 10:00~16:00 久留米六角堂広場

・飲食ブース 中国・フィリピン・スリランカ・韓国・ブラジル

・ステージでは、いくつもの国の演奏 ダンス 舞踊 民謡など

久留米市近辺に居住する外国人の方々や国際交流をしている団体で、各種イベントなどいたします。

団も沙漠の植樹などを通しての国際交流ということで、活動紹介などする予定です。

多数のご来場をお願いいたします。

秋のイベントを織り込んだ通信で詳しくお知らせします。  文責かるかや

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報告会に来てくださいね

あらためてご連絡いたします。

第17次九州田主丸隊報告会

 9月16日 日曜日 そよ風ホール 多目的研修室

 開場 午後2時30分 開式 午後3時 終了予定午後4時30分

わたしのやや長めになりそうな話や、宮崎理事のさらに長くなりそうな話は、まあ、聞き流してもらってもかまわないのです。

ただ、中学生の報告は、毎年ですねえ、ポプラの木の成長も早いが彼らもこうグイット伸びるのだなあ、と思いますね。

三連休の中日でレクレーションなどあるとは思いますが、団員の皆様、ここをご覧の皆様、おいでいただきますようお願い申し上げます。

やや、不純な話ですが

懇親会はどなたも参加できます。2000円飲み放題だし、安上がりであります。

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報告会の準備は順調

金曜日の夕方、事務局会議をしました。

本来、団長・副団長2人・事務局長・事務局員で構成されますが、

桑原副団長が病気療養のため副団長職を辞任することを了承しました。後日理事会で正式に承認されます。
また、事務局長も病気静養中、久野事務局員は北九州在住のため出席は見合わせであり、そうなるとわたしと福留副団長だけ。

そこで宮崎顧問に参加を求め、3人で山積する諸問題の解決のため居酒屋「あき」で懸案処理に当たりました。

・財政は火の車である 中学生7人派遣をやったために、金庫はカラッケツ。当分役員の立替払いでしのぐ。
 会費の納入率が低く、事務経費にも事欠いている。

・報告会の準備は、とりあえず大丈夫である

・耳納の市は参加の方向で

まあ、3人で嘆いても仕方がないので、以後日付が変わる頃まで断固として飲み続けましたが。

新規に沙漠ツアーに参加していただいた方は自動的に会員になっていただいています。2000円とかの会費であっても、作業用Tシャツとか給付しておりますし、団に残りません。

会費は、会議室を借りたり事務備品の購入とか郵送費など純粋に運営経費で消えていきます。なにとぞ会費納入のご協力を。

役員の手当てはありません。会議出席のたびに500円玉1個、費用弁償していましたが、今年は団長の職権で支給停止の可能性があります。

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植樹作業風景 久野事務局員撮影

今回の植樹作業写真です。わたし(かるかや)とは、少し違う視点から撮影されています。
この記事をもちまして、17次隊の活動紹介シリーズにひとまずピリオドです。

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日中国交正常化40周年②

ちょうど2年前、尖閣諸島付近で操業中の中国漁船が、日本の海上保安庁の巡視船に衝突をくりかえす事件が起きました。
以後、東シナ海は平和の海ではなく、波高しの海となり今日にいたっています。

領土問題には、石油やガス田などの資源問題がからまって両国のミゾがなかなか埋まりません。
一方、日中両国の貿易総額は28兆円もあり、お互いに大切なパートナー同士になっています。

本来ならば、これまでの40年のおつきあいを振り返り、未来志向でこれからどう交流していくか、検討しあう節目の年となるはずでした。

1978年日中平和友好条約の批准書交換のため来日した鄧小平副首相(事実上当時の最高実力者)は、次のように記者会見で述べました。

「国交正常化の際、両国はこれに触れないと約束した。今回、平和友好条約交渉でも同じように触れないことで一致した。中国人の知恵からしてこういう方法しか考えられないというのは、この問題に触れるとはっきり言えなくなる。こういう問題は一時棚上げしても構わない、次の世代は我々より、もっと知恵があるだろう。皆が受け入れられるいい解決方法を見出せるだろう」

それ以来の24年間、両国の経済交流は飛躍的に発展しました。先送りではあるのですが、この抑制の効いた発言で、お互い安心して友好も経済もよき関係を進められたと思います。

ただし、この24年間、日中双方、もっと知恵が出たのか、よりよい解決の糸口を見つけられたかといえば、それはあまり進みませんでした。

沙漠植樹の旅では、北京と恩格貝を体験します。そしてその格差・へだたりをわたしたちは実感します。
ニュースの映像などで、中国の切り取られた一部を見ることができますが、実際に見る聞くことでわたしたちは中国の現状に触れることができます。

日本は、北海道・東京・沖縄、もちろん所得の差や生活水準の違いなどありますが、それでもある程度の幅に収まっているといえるでしょう。

中国はGDP世界第2位になりましたが、ひとつの国として機能するにはまだまだ時間が必要だろうな、と皆さん感じませんでしたか。

日本と中国はこれからも隣人です。どちらかが引っ越すことはありえません。いがみあうより仲良くすることを誰だって願うでしょう。
沙漠に植樹に行く活動は、小さな小さな友好の積み重ねですが、お隣さんを訪ね合う行為は、理解につながると思います。

いろいろご批判があると思いますが、わたし、わたしの次の世代の方々、わたしの子どもたちの世代、皆「次の世代は我々より、もっと知恵があるだろう」と考えながら交流すれば、日中両国の友好は続くと思います。

いまもなお続く、中国の中央政府や地方政府の故遠山先生への敬意を思うとき、そしてその先生の意志へ寄り添うわたしたち、少なくとも沙漠地帯では日本人への感情がやわらかくなったのではないでしょうか。

わたしは沙漠植樹は、鄧小平さん言うところのもっと知恵があるだろうのひとつと思っています。

大連から福岡へ帰る途中、機内のわたしの隣の席には福岡大学に留学中の方がいました。
1時間以上しゃべったと思います。三国志の話題。お互いに魏の基礎を造った曹操が好きで盛り上がりました。
この方と再び会うことはないかもしれませんが、われわれはそのとき隣人として語り合い、日中友好にひとかけらぐらい加えることができたと思います。

かつて銃を持った日本人がいて、いまはスコップで穴掘りをする日本人がいて。

最後までお読みいただいた方 ありがとうございます。わたしの個人的考えです 念のため。

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日中国交正常化40周年①

以下の書き込みは個人的なものです。団の見解ではありません。

当時の首相は田中角栄氏でした。北京訪問の際、このような詩を著わし中国の最高指導者毛沢東主席に謹呈しています。

國交途絶幾星霜修好再開秋將到
鄰人眼温吾人迎北京空晴秋氣深

文学的な価値はゼロですね。不動産屋さんの広告のような。

駅徒歩十分 日当良好
共益費無料 即入居可

しかしアメリカの指導部はこの現実に驚嘆したとか。政治指導者同士が漢字文化圏の習いで、詩のやり取りをする。
文化や文明をかなりの程度で共有するアジアの隣国同士、あたりまえのことですが、アメリカはびっくりしたらしい。

さて、田中首相ははっきり言って貧農の出身でした。正式な学歴も高等小学校卒業です。

大体、田中、田んぼの中にいる、そんな姓からして、当時の中国指導部はどんな印象を持ったでしょうか。

貧しい階級から学もないまま、それでも世界第2位の経済大国の最高指導者になることができる国。

中国の指導者たちが理想とする国家の姿を、たぶん、田中首相は実現していたのかもしれませんね。
農民が首相になる、そしてドヤ顔で、奇妙な詩を書きなぐって来る。毛主席も周首相も長らく農民を味方につげながら、国を造った人たちです。
政治的立場は別にして、共感共鳴したでしょうとわたしは想像します。

これはこれで、日中の国交回復にあたり、田中首相でよかったなあとしみじみ思います。幸運な出会いです。

田中首相は、北京空晴と詠みましたが、40年後の北京は厚いスモッグ排気ガスの街でした。

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中央左のホテル?は、直線距離100mぐらいですよ。それがこんな感じですからね。

②へ続きます。なお、田中首相の詩や首脳同士の関係性など、あるブログを参考にしています。

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第17次九州田主丸隊報告会

副団長が通信を郵便局に持って行ってくれたのは、金曜日の夕方6時以降でした。
で、土曜日には宅配されていまして、早いもんだなあとびっくり。

報告集はぼちぼちできています。ああ、隊員各位のレポートを除いて。19人中届いておりますのが、7人ですね。

以下、報告集に掲載予定の書類です。

Ws000004  Ws000005

Ws000009_2

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