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追悼 桑原照英副団長

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桑原副団長の訃報は先日の団通信(はがき)でお知らせいたしました。

先月29日療養先の病院をわたし・福留・宮崎で訪ねましたが、お加減が悪く会うことはかないませんでした。
その約10日後、11月7日早朝永眠されました。58歳。

緑の応援団が活動を始めて16,7年が経過しましたが、創立以来団の中心メンバーとして団の発展に尽くされてきました。
通夜の後、桑原副団長に献杯をささげ故人の思い出話を語り合いましたが、いつもあの笑顔を浮かべながら、裏方作業を黙々とこなされてきました。

桑原作庭園という屋号の示すとおり田主丸の植木屋さんとしてまた柿や稲作の専業農家でした。
今も語り継がれるたった10人の隊員でポプラを3084本植樹という驚異的実績を上げた第1次隊の参加者でした。
団の田主丸町内での植樹作業や鷹取山登山道の草きり手入れでは、戦闘的リーダーでした。

冒頭の写真は2年前の耳納の市の準備風景です。

写真右下に腰に剪定ばさみをぶら下げた白髪まじりのおじさんが何か作業をしています。
われわれが見逃していること気づかないでいることを、誰かに注意する前になにげに率先してさっさと片付ける、これが桑原さんでした。
本来、正面からの遺影をアップするのが本当なのでしょうが、あえてこの写真を掲載します。

桑原副団長の人柄を知る人ならば、この写真こそ「くわはらだなあ」と思っていただけると思うからです。

さて、最後に通夜の席でご夫人からいただいた、桑原さんのお別れのカードを載せます。

桑原さん あなたとつきあって、人の善を教えてもらった。楽しかった。もっともっと酒を酌み交わしたかった。さようなら。
仲間とこれからもあなたのことをにぎやかに語るからね。

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