日記・コラム・つぶやき

荒れる天気

JR久大線ちょうど田主丸エリアで不通になりました。筑後草野から筑後吉井間、まんま田主丸エリアです。吹き荒れた春一番、田主丸あたりは特に強かったようです。

本日は役員会です。ミュージカル『巨峰物語』の支援方法を詳細につめます。  そうむずかしい話ではないのです。○○枚チケットを売り切ればよいのですから。手作りカヌー工房楽生水澄しの会の行徳会長も交えての対策会議です。

団員の方には、緑の応援団通信を来週発送しますので、趣旨をご理解の上ぜひご協力ください。このブログにお出でいただく方もよろしくお願いいたします。

再掲します。Fax 0943-73-3446 または midorinoouendan@nifmail.jp

でですね。役員会終了後、飲むでしょうか。飲みますよね。本日の天候のように荒れる心配はないと思いますが。

本日の一曲はコレ。ううっ!美樹ちゃーーん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

団長の思い 気分は前川 清

昨日の役員会報告はいくつかの記事に分けて掲載します。

市民ミュージカル『巨峰物語』の後援を正式に決定しました。2月の通信で全団員への協力をお願いします。今後実行委員会へは、宮崎団長と中野事務局長が団を代表して参加します。

それから緑の応援団は、田主丸エリアのまちづくり団体連絡協議会の事務局団体を受託したのですが、役員会で承認されました。またその協議会の名称は、緑の応援団に一任されていましたが、昨夜決定しましたので他団体にも提起します。

もえもん モエモン です。

筑後弁では、もえもんは共同所有というか分割所有というか、あるものを仲良く分かち合う意味です。みんなの物やみんなの物にするということでしょうか。

スンバラシイ田主丸をすべての田主丸人でもえもんにする、ということであります。また、燃える者、萌える者にも通じています。もえもん 皆様よろしくお願いします。酒の一滴も飲まずに宮崎団長の脳内で発生した言葉です。

さて、一次会があって、一次会があれば二次会となって、午前一時会となるわけです。団長がストーンズではなく前川 清を歌っていました。小さなテーブル越しには22歳の可愛い女性がいました。大変お気に入りのご様子で、団長の気分は最高、ご機嫌でした。

ほぼ独占状態で、残念ながら事務局長やわたしのもえもんとはなりませんでした。

200901310003000

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本日は役員会であります

平和な会合でありますように。

でもチョット一杯ぐらいは。

本日は審議事項がやたら多いのです。緑の応援団は、一見宮崎団長の号令一家突撃するイメージがあるかもしれませんが、すべて役員会への報告承認システムが機能しています。

決定すれば達成するために全力投球しますが。

明日の報告をお楽しみにまたアクセスお願いします。

行ってきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

林副団長のこと

3年前の今日林副団長の突然の訃報を耳にしました。

一月後友人仲間がふるさと会館(JR田主丸駅)に集い「林 和人さんをしのぶ会」を催しました。盛会でした。

宮崎団長が、涙をぬぐいながらのお別れの言葉や全員で合唱した「千の風になって」をいまでも思い出します。

緑の応援団結成以来役員としてまた3度の沙漠植樹など、わたしたちにとってかけがえのない人でした。

林副団長の命日にあたり、そのしのぶ会のリーフレット内のわたしが書いた思い出を掲載します。

はやしさーーん。まだ誰もそっちに行かないからね。ずっとずっと待たなくちゃならないよ。

不良老人になっても仲間でいようよ そう約束したじゃないか

ようやくわたしの気持ちも整理できてきた。偲ぶ会の準備作業をすすめるなか、ああ林さん死んじゃったんだな、と少しずつ納得し始めた。

長いのか短いのか林さんとのつきあいは12年になった。実は、一番記憶に残っている思い出というのがすぐに思い浮かばない。どの場面、どのひと時も笑いころげて楽しいばかりでいわば最高の状態の連続で、それぞれにランクなどつけられないからだ。

それに、こんな感じのままでおたがい年を積み重ねていって、振り返るよりもこれから先一緒に何ができるんだろう、何を発見するだろうか、とわたしたちの前にはひろがる未来があり、突然終止符が打たれるなんて少しも考えていなかった。

それでも林さんの訃報を耳にしてしばらくして、思い出が脈絡もなく仕事中や現場に向かう車内で浮かんできた。

石橋と3人で水車を鳥取までトラックで運んだのは珍道中だった。レストランで3人とも生ビールを飲み以後名にし負う高速国道9号は飲酒運転だった。

宮崎県綾町

の照葉樹林探検は、通行不能で長々徒歩行脚だった。

昨秋の川辺川探検の食事はうまかった。今年のまちづくり団体新年会もシェフ林だった。

わたしは以前水澄しの会報で林さんをこう評した。

「町内の不思議オジサン 林 和人。さまざまな活動に取り組んでいる。誰かにほめられるでもなく、名誉心や虚勢を張ることにははるかに遠く、オジサンは淡々とそうしたほうがいいだろうなぐらいの気持ちで、そしてそのうち田主丸も少しはよくなるだろうな、なんて感じで黙々と作業するのである。中国で木を植えるのも、くじらの森で草取りするのも、カヌーに子どもたちを乗せるのも、同じスタンスでにこにこしながら、さあがんばろうなのだ。」

わたしには日々の生活があり、幼子二人と妻と精一杯生きる義務がある。林さんの思い出もゆっくりと引出しの片隅にそっと置くことになるだろう。でも時々あなたのことを仲間とにぎやかに語ることは約束する。あなたとわたしたちの友情は、大切な宝物だったんだ。

だから引出しにちゃんとちゃんと置いてあることを仲間と確かめる。

不良老人になるまで仲間じゃないか、その約束を破った林さんをとがめたい気持ちも少しあるが、いまはただ、楽しかったよ、泣かせてくれたよ、ありがとう。

さようなら 林さん。                  

水澄しの会  刈茅 貴俊

| | コメント (0) | トラックバック (0)

わたしたちの原点

われわれがそれについて話している文明は、われわれ世代のみの所有ではない。

われわれはその所有者ではなくて、単に保管者なのである。

それはわれわれより無限に大きく、重要ななにものかである。

それは全体であり、われわれは単なる部分である。

われわれがそれを達成したのではなく、ほかの者たちが達成したのだ。

・・・・・・・・われわれはそれを受け継いだのだ。

・・・・・・・・しかも、次のような暗黙の義務とともにあたえられたのだ。

それを慈しみ、よく保ち、発展させ、望むべくは改良して、あるいはすくなくとも壊さず、

そのままに、われわれの後にくるべき者らに渡せという、そのような暗黙の義務とともに。

十年以上前でしょうかこの文章に出会ったとき、ここに完全がある、この言葉でこれからのぼくの田主丸で歳をとることの意味がある。そう感じました。

カヌー工房水澄しの会の事務局の一員だったのですが、田主丸のすばらしさへの思いはさまざまにありながら、ひとつのまとまった言葉の連なりとして定着していなかったのです。

上の文章は、アメリカの外交官政治学者ジョージ・ケナンのものです。核時代に国益を超えた普遍的人類の価値を提唱した一説です。

しかし、文明を自然や環境、そう田主丸のすばらしさに置き換えて読み解く、ぼくの出発点はそこにありました。田主丸のすばらしさを

慈しみ、よく保ち、発展させ、望むべくは改良して、あるいはすくなくとも壊さず、

そのままに、われわれの後にくるべき者らに渡せという、そのような暗黙の義務とともに。

火曜日の夜30年ぶりぐらいに出会った高校大学の先輩たちと文化街で痛飲しました。村田先生を歌ってしまいました。同年のK君が吉田拓郎の「イメージの詩」を歌いました。カラオケで聞くのは初めてでした。最後は全員で歌いました。

古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう

なぜなら古い船も新しい船のように新しい海に出る

古い水夫は知っているのさ 新しい海のこわさを

わたしたちも古い水夫にならないよう

われわれの後にくるべき者

若い人たちと常に交流していかねばならないのです。

昨日その先輩からメールが来ました。二日酔いのこと。「ダメージの詩」でした。

浜田省吾が歌っています。これもナカナカイイ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)