カルカヤの遊びやせん

ありがとうございます take off

2007年の総会。まだ、わたしは40代でした。あの頃は6月下旬や7月初旬の開催でした。
その総会で事務局次長になりました。それから4年間の事務局時代。

 

旧板のHPブログを開設しました。
NPO組織への移行を担当しました。
賛助金依頼をはじめたくさんの文書を書きました。

 

2011年の総会。団長に就任しました。
この8年間ファイトしましたけれど、さあて評価はどうなりますかね。
仕事をさぼったり、歯をくいしばってやった時もありました。

 

直接の退任の理由は、保護者としては高齢にもかかわらずPTAの副会長になりました。来年は会長です。

 

総会に出席される団員各位にはきちんとご挨拶しますが、欠席の皆様にはこの場を借りて一言申し上げます。
在任中はご支援ご協力いただきまして本当にありがとうございました。

 

課題を残したまま次期運営責任者の方々に引き継ぐのは心苦しくもありますが、これからも皆様の変わらぬご声援よろしくお願いします。

みちのおわったところで
ふりかえれば
みちはそこから
はじまっています
ゆきついた そのせなかが
かえりみちをせおっている
でも もどりたくない
もっとさきへ
あのやまを こえてゆきたい

谷川俊太郎さんはこう謳っています。

古里田主丸での

 

ユートピアさがし 物語づくり は 続きます

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卒業式 (私儀ながら)

今週の月曜日小学校の卒業式が一斉に執り行われました。

ああわたくし、法務省や厚生労働省方面の委託公務員を一応やっていまして、卒業式とか入学式に来賓として呼ばれるわけです。

水縄(みのう)小学校はわたしの母校ですが、娘と息子も通っているわけです。

その娘が卒業式でした。6年間なんてあっという間ですね。

で、来賓席でぼんやりしていましたが、そのう、わたし、式の最後に本年度卒業生の保護者代表挨拶をやりました。

あれは、やはり、あでやかな衣装の母親が目元を押さえながらやるのが、こうジーンときますよね。
ツルピカはげまる君のわたしが、スタンドマイクを取っちゃって、カラオケ風にやることがよかったのかどうか。

父親がやったのはとりあえずはじめて(わたしの式参加の経験上)

うーん。

団長としてあれこれ話すときは、やはり、ツカミやネタが大切でして、本能的に笑いを取りたいという内なる欲求を抑えるのが、大変でした。

ま、娘もこれで田主丸中学校の生徒になるわけで、沙漠に連れて行くことができます。

いまやこの時期の定番

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2013年 年の瀬

本年最後の書き込みです。

先だって寒々としている師走(特定秘密保護法成立)と表現しましたが、昨日のアレには凍りつきました。

20年以上草の根交流の一員として沙漠植樹を続けてきました。
エッ! 近隣諸国だけではなくアメリカも批判するようなことが突然の出来。

われわれのこれまでの歩みが全否定されるような気分です。

不運というか、わたしが団長になって以来、東シナ海は大荒れ状態です。
うーむ、この際団長を代えれば、波も静まりますかな。

まあ、言っときますが、わたしはますます意気軒昂。クソ意地。
こんな時代だからこそ、わたしは隣国との仲良しゴッコに邁進します。

19次隊の植樹活動には、日中両国の中学生が共同作業をする、このことを予定しています。
彼らが植樹したポプラの木が沙漠に屹立し、砂と対峙し、二酸化炭素を吸収することを夢見ています。

団員の方々、サポーターの皆様、行政機関の皆様
本年も緑の応援団をご支援いただきまことにありがとうございました。

来年もよろしくお願いいたします。 

刈茅

旅はまだ終わらない

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秘密

いや誰にだって秘密はあります。

第一夫人が知らない個人口座があります。小遣いはほとんどないと言いながら、年に140冊ぐらい本を買いますね。

国家にも秘密があってもよいかもしれません。

ただ、あらかじめ統治する側の政治指導者と統治される側の民に行き来できないような線引きをすることはいかがなものでしょうか。

秘密が秘密であることも秘密。

2013年の師走はいつにましても寒々とした光景、と思います。

NHKがたっぷり金をかけ、シルクロードの紀行番組を放送していた時代。
この国の文化の源泉となった地への憧憬。いい時代でした。

中国の建国の指導者たちは、恨みに封をしながら、新潟の農民の子であったこの国の首相をあたたかく迎えました。

未来志向でしたよ あの時代。

東シナ海を緊張の海にしようとする企てがありますが、われわれは田主丸はアジアの片隅、その片隅からアジアの春風のたなびきに連なりたいと思います。

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とある酔席をきっかけに

・カルカヤ君 まーだあげな国に木を植えに行く必要があると?

・そうですね。

・ボークーシキベツケンちゃ、ニッポンとやる気があるちゅうことじゃろ。

・いや それはなかでしょう。

とかなんとか。以後「日の丸大好き先輩」の刺激的苦言にまあ、なんとなく中国弁護人風のわたし。

この方には、わたしが若かった頃、団とは別の団体の事務局だった頃、大変にお世話になりました。政治的立場(もっともわたしはNPOの団長ゆえ封印中)は、ぜんぜん違うけれど、まちづくりの同士ではあった。

さて

われわれの中国沙漠植樹ツアーは、地球環境への取り組み・植木苗木のまちからのメセナ・青少年の国際的視野拡大、などが目的であります。
そして当然隣国との市民的友好づくりもそれに含まれます。

われわれのツアーは中国の福岡総領事館後援であり、現地の各級政府にもお世話になっています。

わたしは、戦争の準備をするより仲良くするほうが安上がり、と思っているし、バブル経済崩壊後も、この国が何とか持ちこたえたのは中国という巨大な市場のおかげだと考えています。

遠山先生の沙漠植樹事業は、当時の中国の最高指導者にも激賞された偉大な行為であり、その枝とか葉とかぐらいにそのことにつながるわれわれのツアーも、ささやかだけれど友好に貢献していると思います。

しかしきな臭い、異様ないやな雰囲気があることも事実です。

だから わたしはもっともっとファイトします。

うぬぼれ?矜持?

頭の悪いそのくせ権力欲だけは大いにある政治指導者が、内政の矛盾を克服できずに、対外的緊張をあえて作り上げワーワーキャーキャーわめくことが、世界史上何度もありました。
そして、それにその国の国民が乗っちゃうこともしばしばありました。

ナントカ国は嫌いだあとお祭りするほうがカンタン。地道に友好に汗を流すことは時に大変です。

だけど 困難なほうをわたしは選ぶ。

意地であります。

○○ごときの思惑でおれの積み上げてきたものを壊されてタマルカ、テヤンデエ。

そういうことです。

「窮状」は「日本国憲法第9条」です。念のため。

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つなぐこと きずな

デスク作業ナウ。
第一夫人からの頼まれごとを思い出しました。

わたしの長女は小学校6年生。3月には卒業です。
で、娘の1年生から6年生までの写真を学校に持っていかなければならない、と。

昔の写真はCD。この2年は大容量HD。

探すのがこれは大変でありました。娘が年長さん、息子が3歳のときの写真にしばし見とれました。

002

まぶしかったのか二人とも目を細めています。
この笑顔、目線の先にはまだ40代だったわたしがいるのだなと。

一葉の写真 画像データに「おとうちゃん」という音声が添付されているようで。

中学生になった娘と沙漠に行きたいなあ。

子を持って知る子のありがたさ。

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耳納の市の準備

先ほどから仕事をヤメにして、明日からの準備をしています。

軽トラックにもろもろ積み込みさえすれば大丈夫です。田主丸エリア以外の団員諸兄がたくさん来ていただくと、うれしいのですが。

このブログに以前書いたことですが。

・何かボランティアみたいなことに興味がある ・人から酒が強いなとよく言われる。

・肉体労働の後の生ビールが大好きだ。 ・年上年下の友人が欲しい。

・報酬なんかいらない。(実際でません) ・ひとりで飲むより大勢の酒がうまい。

・妻に外出する言い訳の会合があれば。 ・地球環境に役立ちたい。

ひとつでも該当するならば、あなたは団の役員になれます。

わたしも団長ですからそれなりに緑の応援団とは何かとか、地球環境は何とかであるとか、まあ、語れますよ。
でも、人は崇高な理念の下に集ってその実現のために自己をささげる、ことはそこそこできますが、生活が第一。
やはり満足や達成感が必要ですねえ。誰かに必要とされている、心を通わす仲間がいる。

でなければやってられない。そう思います。

団の役員各位 まあ、わたしが拝み倒して引き受けてもらった方もいますが、この人と酒を飲みたい、この人と一緒に何かをやりたい、そしてその何かがたまたま沙漠緑化だった、ということも成立するのであります。

人生は美しい

これはレフ・トロツキーの遺書の言葉です。

トロツキーとはぜんぜん違う生き方をしていますが、わたしのかけがえのない人生に団の活動が豊かないろどりを与えてくれていると思いますねえ。

田主丸へ来てくださいね。

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済州島(チェジュとう)に行ってきました

先週の金土日の3日間、韓国の済州島へ旅をしました。
わたしの施主様であるⅠさんご夫妻、その友人のNさんご夫妻、それにわたしの5人です。

福岡空港から飛び上がったと思ったら、まもなく高度が下がり始め、実質飛行時間は40分弱だったでしょうか、近いですねえ。

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さつまいもの形に似ている島です。概算ですが東西60km南北30kmぐらいでしょうか。日本からの旅行客は、島の北部の済州市と東部をツアーするらしいのですが、われわれは南部の西帰浦市(ソギポし)と西部を観光しました。

目を見張る圧倒的な景観はありませんが、やや地味ながらも散策すると、ああそれぞれがちゃんとちゃんと主張しているなあ、そんな豊かな自然と名勝が連続しています。

観光客のための施設が十分に用意されていて、韓国内では最大のリゾート地になっています。

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われわれのツアーを全面的にサポートしていただいたのは、西帰浦在住の姜(かん)さんご夫妻です。
仕事をお休みいただき、各地への案内や宿の手配、食事などお世話になりました。ありがとうございます。

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姜さんご夫妻と姜さんの店舗兼自宅。建物の前に各種みかんが展示されているのがわかりますか?

姜さんはハウス栽培のみかん農家です。栽培面積は1.3ha。年齢はわたしと同じ。トモダチにすぐなりました。
日本語というか田主丸弁をあやつります。なぜか?

姜さんは、26歳のとき済州道庁から派遣され田主丸のK農園で2年間の研修に励まれたのです。
その店舗内には、K農園の研修修了書と当時の田主丸町長の認定書が掲げてありました。
姜さんが慣れない土地でちょっと心がキツクなっているとき、親身につきあってくれたのがⅠさんで、その縁で交流が今も続いているわけです。

縁が縁を呼び、わたしと姜さんにも縁ができた、そういうわけであります。
いやあ、あえてこう表現しますが、本当にイイヤツでずいぶんと昔からトモダチだったような気分になりました。

国と国の関係はそのときの政治指導者の思惑でギクシャクしますが、わたしは姜さんとの出会いが、済州島訪問で一番の宝物でしたね。
俺と同じ年の男がこのように生きてきて、俺たち日本人にかくももてなしをしてくれる。

ああ楽しかった。うれしかった。

さて、これ↓大変おいしゅうございました。アワビも喰いまくりました。

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オマケ 韓国済州島のイベント会場で見かけたウワーオ大変な美人の後ろ姿。
ああ、皆さんには正面からの映像は見せてあげない。

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うーむ さすがに

まだ何も準備をしていません。
さすがにこれはヤバイとややあせりつつあります。

このスマホを使うためにけっこう悪戦苦闘中であります。
そして相変わらず、ブログに画像をアップできない始末。よよと泣き崩れ。

明日は、まあ、出発でありますが、午前中は現場で仕事の打ち合わせ、はあ。

本日午後は、銀行様とああでもないこうでもないムニャムニャとやりくりご相談。

うーん。

ま、いままでも何とかしてきたので何とかなると、自分を信じているのであります。

JR九州旅行のリーフレットの備品一覧をとりあえずチェックして、沙漠に行けるようにはいたします。

かるかや

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準備はいかがですか

はじめて沙漠ツアーに参加される方は、いろいろご心配があるかもしれません。

JR九州旅行のツアー用リーフレットをよく読まれてご準備お願いします。

わたし?まだ、全然です。ただし、新しいスニーカーをせっせとはき慣らしています。空港から始まって、歩きますからね。
それからわたし流のポイントは、いかに軽量化するかに尽きます。

だれもあなたの荷物までは負担してくれません。
まあ、専用バスでの移動が多いのですが、ホテルからバス、バスから宿舎へは自分で運ばねばなりません。

ウワー、なんと巨大なスーツケース、と感嘆することがよくあります。

わたしは、スポーツバッグ、沙漠用のリュック、観光用の小さな肩掛けポーチ、これで行きます。

自分の力で大して負担にならない、こんな感じで準備してください。

田主丸商店連盟の土曜夜市では、子どもさんに大変喜んでいただきました。
損得抜きの、理事各位も子どもに返ったような雰囲気で遊んでいました。

最終8月3日は、緑の応援団は都合により参加いたしません。
夜市で仕入れたグッズは、耳納の市で活用します。

第18次隊の皆さん 8月6日午後1時 福岡空港で力強く結団しましょう。

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