かるかやレポート 2012

やや抑制気味の深酒飲吉

ああ 楽しい忘年会でありました。
出席は、わたし・荒巻・福留・宮崎・野村・堀江・塩足・肥後橋・西・中村顧問。

東シナ海の波高しの件で、この国の最高指導者に抗議の意思を個人的に申し上げました。
その他は、世間並みの慰労の宴であり、来年に期するところとか、そんな感じでありました。

サラリーマンを辞めて以来二十余年仕事上の忘年会には無縁。ご同業各位とのそれは、やはり何となく構えているし。

仲間との忘年会が一番ですね。

先週の土曜日は、忘年会盛り。久々にとあるスナックに行きました。
七十代の大姉御から、踊りの指導を受けて、なんかその真似事でフロアで揺れていましたな。

そんなわけで深酒にはなりませんでした。

ただし、ここのところ肉体はクタクタで翌日曜日は8時過ぎまで爆睡。

団員向けの年賀状を書きました。

あと、仕事の年賀状、わたし個人の年賀状などがあります。

1月10日頃、理事会か事務局会議の新年会をする予定です。

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日中国交正常化40周年②

ちょうど2年前、尖閣諸島付近で操業中の中国漁船が、日本の海上保安庁の巡視船に衝突をくりかえす事件が起きました。
以後、東シナ海は平和の海ではなく、波高しの海となり今日にいたっています。

領土問題には、石油やガス田などの資源問題がからまって両国のミゾがなかなか埋まりません。
一方、日中両国の貿易総額は28兆円もあり、お互いに大切なパートナー同士になっています。

本来ならば、これまでの40年のおつきあいを振り返り、未来志向でこれからどう交流していくか、検討しあう節目の年となるはずでした。

1978年日中平和友好条約の批准書交換のため来日した鄧小平副首相(事実上当時の最高実力者)は、次のように記者会見で述べました。

「国交正常化の際、両国はこれに触れないと約束した。今回、平和友好条約交渉でも同じように触れないことで一致した。中国人の知恵からしてこういう方法しか考えられないというのは、この問題に触れるとはっきり言えなくなる。こういう問題は一時棚上げしても構わない、次の世代は我々より、もっと知恵があるだろう。皆が受け入れられるいい解決方法を見出せるだろう」

それ以来の24年間、両国の経済交流は飛躍的に発展しました。先送りではあるのですが、この抑制の効いた発言で、お互い安心して友好も経済もよき関係を進められたと思います。

ただし、この24年間、日中双方、もっと知恵が出たのか、よりよい解決の糸口を見つけられたかといえば、それはあまり進みませんでした。

沙漠植樹の旅では、北京と恩格貝を体験します。そしてその格差・へだたりをわたしたちは実感します。
ニュースの映像などで、中国の切り取られた一部を見ることができますが、実際に見る聞くことでわたしたちは中国の現状に触れることができます。

日本は、北海道・東京・沖縄、もちろん所得の差や生活水準の違いなどありますが、それでもある程度の幅に収まっているといえるでしょう。

中国はGDP世界第2位になりましたが、ひとつの国として機能するにはまだまだ時間が必要だろうな、と皆さん感じませんでしたか。

日本と中国はこれからも隣人です。どちらかが引っ越すことはありえません。いがみあうより仲良くすることを誰だって願うでしょう。
沙漠に植樹に行く活動は、小さな小さな友好の積み重ねですが、お隣さんを訪ね合う行為は、理解につながると思います。

いろいろご批判があると思いますが、わたし、わたしの次の世代の方々、わたしの子どもたちの世代、皆「次の世代は我々より、もっと知恵があるだろう」と考えながら交流すれば、日中両国の友好は続くと思います。

いまもなお続く、中国の中央政府や地方政府の故遠山先生への敬意を思うとき、そしてその先生の意志へ寄り添うわたしたち、少なくとも沙漠地帯では日本人への感情がやわらかくなったのではないでしょうか。

わたしは沙漠植樹は、鄧小平さん言うところのもっと知恵があるだろうのひとつと思っています。

大連から福岡へ帰る途中、機内のわたしの隣の席には福岡大学に留学中の方がいました。
1時間以上しゃべったと思います。三国志の話題。お互いに魏の基礎を造った曹操が好きで盛り上がりました。
この方と再び会うことはないかもしれませんが、われわれはそのとき隣人として語り合い、日中友好にひとかけらぐらい加えることができたと思います。

かつて銃を持った日本人がいて、いまはスコップで穴掘りをする日本人がいて。

最後までお読みいただいた方 ありがとうございます。わたしの個人的考えです 念のため。

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日中国交正常化40周年①

以下の書き込みは個人的なものです。団の見解ではありません。

当時の首相は田中角栄氏でした。北京訪問の際、このような詩を著わし中国の最高指導者毛沢東主席に謹呈しています。

國交途絶幾星霜修好再開秋將到
鄰人眼温吾人迎北京空晴秋氣深

文学的な価値はゼロですね。不動産屋さんの広告のような。

駅徒歩十分 日当良好
共益費無料 即入居可

しかしアメリカの指導部はこの現実に驚嘆したとか。政治指導者同士が漢字文化圏の習いで、詩のやり取りをする。
文化や文明をかなりの程度で共有するアジアの隣国同士、あたりまえのことですが、アメリカはびっくりしたらしい。

さて、田中首相ははっきり言って貧農の出身でした。正式な学歴も高等小学校卒業です。

大体、田中、田んぼの中にいる、そんな姓からして、当時の中国指導部はどんな印象を持ったでしょうか。

貧しい階級から学もないまま、それでも世界第2位の経済大国の最高指導者になることができる国。

中国の指導者たちが理想とする国家の姿を、たぶん、田中首相は実現していたのかもしれませんね。
農民が首相になる、そしてドヤ顔で、奇妙な詩を書きなぐって来る。毛主席も周首相も長らく農民を味方につげながら、国を造った人たちです。
政治的立場は別にして、共感共鳴したでしょうとわたしは想像します。

これはこれで、日中の国交回復にあたり、田中首相でよかったなあとしみじみ思います。幸運な出会いです。

田中首相は、北京空晴と詠みましたが、40年後の北京は厚いスモッグ排気ガスの街でした。

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中央左のホテル?は、直線距離100mぐらいですよ。それがこんな感じですからね。

②へ続きます。なお、田中首相の詩や首脳同士の関係性など、あるブログを参考にしています。

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恩格貝 時の流れ

11年ぶりに訪れた沙漠植樹の現地の様変わりにはいろいろな思いがあります。

賓館(ホテル)周辺は沙漠のオアシス、リゾート地に変貌していました。

付属するレストランには駐車場が整備され、立派なアスファルト舗装の道路が四方八方に伸び、実際高速道路が開通しています。
賓館から7,8km離れた植樹地までも舗装道路が続いています。その道路は、石炭の運搬車があわただしく通行しています。

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レストランには戸建ての食事する建物があります。道路はご覧の通り。

中国の経済発展にともなう富裕層や中の上位層の人々が、沙漠にあるオアシス(木々と湖)で快適にすごす場所となっているようです。

かつての恩格貝は人口8人、それが3000人規模に成長したそうです。
カシミヤセンターとかクロレラセンター、近代的な養豚場、さらにはビニルハウスの巨大な野菜栽培場もあります。

もちろん遠山先生の意志が持続され、何もなかった沙漠に林が森が生まれ、畑が再生したその結果としての変貌です。

旧賓館前の道路は、土ぼこり舞う、ポプラもまだ大きくなく遠く見晴るかすことが可能でしたが、11年ぶりに正直「あれ まあ」

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一方で、忘れ去られそうになっていることもあります。

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沙漠の草が繁茂しこの看板はやがて見えなくなりそうな気もします。

本年は、国交正常化40周年の年です。これまでの積み重ねを確認し、これからの未来を志向する年だったはずです。

「何だかなあ」  そんな思いがしました。

誰かに尋ねられたら、「どうして中国で植樹するのですか」、わたしはいくらでも答えられます。実際そうしてきました。
しかし、官僚答弁のようなもので深く思いをめぐらし一語一語をかみしめて答えてきたか、否でしょうね。

こうして久しぶりに実際に現地に足を運んだわたしは、根源的に問い続け、いまいちどその答えを提出する作業が必要だと思いました。

17次隊の皆さん 報告会では、皆さんと共有できるようなわたしの答えをお話します。

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次の人たち 中学生のファイト

今回参加した田主丸中学校の生徒内訳は、3年生♂1♀2 2年生♂2 1年生♂2 でありまして、その内3年生♀1年生♂1がリピーターです。

植樹地に着くまでは実質観光旅行の移動とさほど変わりません。ミニミニ修学旅行みたいなもので楽しそうでした。
食事もうまそうに食べていました。

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恩各貝に着きまして、沙漠ウォッチングに行きました。
もはや定番の行動です。そこに砂丘があれば、男の子は走り出して頂点を目指す。これは生理であり機能でありDNAの指令であります。

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その夜日本沙漠緑化実践協会の現地スタッフのリーダー間瀬さんから、沙漠講座をしていただき、神妙に聞いておりました。

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翌日から植樹作業となりました。

若いから体力はあります。回復力もすごい。ただし、肉体労働をあまりしませんし、スコップを使っての作業での「コツ」がよくわからなかったんじゃないでしょうか。
しかしのみこみが早い。お互いに微妙な競争意識もあったのでしょうが、目標本数を決めて、弱音は吐きませんでした。

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まあ、「きつい」という言葉は再三彼らの口からもれたのですが、わたしが「あと2本ずつ頼む」とお願いするときっちり最後まで仕事をしてくれました。 今回の植樹が、彼らの中でどう定着するのかわたしにはわかりませんが、勉強やスポーツ以外での達成感というものもあるのだ、となればうれしいですね。 Epsn0244_2

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夢のあとさき これも沙漠

11年前の2001年。34人の隊列で植樹をしました。

当時の田主丸中学校校長先生も参加され、中学生だけでも8人いたのですかね。
そのときがわたしは3回目で、以後今年まで沙漠は遠かったわけです。

大部隊ですしとてもにぎやかだったことを記憶しています。

その植樹地はやがて林になり森になるとみんな夢を共有したわけです。実際順調に成長していたのですが、異変が起きました。

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この高さまで成長しながら、枯れているポプラ枯れはじめているポプラばかりとなっています。
何が起きたのでしょうか。本来ならばもう心配のいらない高さになっているのです。

水がない、それに尽きるのですが、地下の水脈の変化でしょうか。雨水の不足により地下水位が下がったのかもしれません。

一所懸命に作業をやり、6年7年は順調だったものが枯れはじめる。わたしもその植樹の当事者だったから、つらい思いはあります。

しかし これも沙漠です。

われわれの願望どおりにならないことがむしろあたり前。
よく見れば、木々の間には沙漠特有の草たちが茂っています。ポプラの成長につれさまざまな草が進出してきたわけです。

もはや沙漠に戻ることはないと思います。

さて、次の写真は昨年の植樹地です。

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クリックすれば拡大します。

写真中央右に見えるは、昨年の植樹看板です。砂は移動しました。看板もまもなく埋まりそうです。

本年の看板位置を参考にすれば、看板の右側真後ろ側のポプラは砂にのまれてしまいました。
左側の生存者はよく成長しています。この11年組が踏ん張ってくれれば、本年の植樹組もなんとかなるでしょう。

水脈や地下水の水位の変化、その年どしの雨量の予測、さらには風による砂の移動は、われわれには予測できません。
あくまで経験値による試行錯誤が現在も続いているわけです。今年は、砂止め作業をやりました。
ポプラの剪定した枝や沙漠の草などを植樹した周囲に埋め込み砂をかけ、砂の移動への柵としました。

簡単にはいかない。結果を尊重してよりよきものを探す作業はいまも継続中です。

「残念でしたねえ」  「いやこれも沙漠です」

沙漠が全体なのであって、われわれが部分であります。
その部分が部分として、汗とスコップで部分をより大きな部分としていくとき、全体は大きな部分とまだ小さいが成長する部分になります。

夢の旅というより冒険の旅かもしれません。全体へのおそれ(怖れ、畏れ)をいだきながら、それでもわたしたちの旅は続くのです。

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25万石

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空があります。
蒼空 スカイブルー 二日目の空。
わたしのつたない腕前と古いデジカメで、その空を伝えられるでしょうか。

植樹の昼食休憩は二時間。自らの体をいたわる時間です。
満腹感少々あり。わたしは作業現場を見下ろす一番の小高い丘に腰をすえます。

周囲ははるか遠くまで沙漠が広がっています。

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東の峰 南の頂 北の山塊 西の麓までわが領土なり。

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本丸の天守閣に座しわが領土へぐるりと頭をめぐらします。

そうです、わたしは戦国の大名となる。矢の手は高く天を指し、弓の手はいくたびも砂を宙に放り上げます。
パウダーのような砂の粒子は風に舞い、遠くまで飛びます。

この沙漠が、もし緑の大地であれば二十五万石の大名でしょうか。

砂塵は淡き影を地の砂の上に残しながら、風とたわむれます。

実に11年ぶりの沙漠でした、何もかもなつかしい。
沙漠のイメージに二十五万石の領主たるわたしの幻影をくわえました。
砂はわが口中でジャリジャリと音をなしました。
かみしめるはわが領地なり。

あなた あなただって大名だ。十万石か五十万石か、沙漠の丘での夢想はあなたしだい。
ここまで来てね。

たそがれ時の人工衛星 無数の流れ星 白いペンキをたらした天の川
いや 感動感動

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